油谷の豊かな自然に魅せられて
昔ながらの塩づくりにチャレンジ

「皆さんが普段口にしている一般的な食塩は『塩』という名前の『塩化ナトリウム(NaCl)』なんです。その純度は98%以上と非常に高いものです。でも、海水や人間の体液内の塩化ナトリウムは80%程度。残りの20%には多くのミネラルが含まれています。塩化ナトリウムだけでは、それらのミネラルを補うことはできません」。

山口県長門市の北の外れ、向津具(むかつく)半島の突端にある「油谷島(ゆやじま)」で昔ながらの塩づくりに勤しむ「百姓庵」の代表・井上雄然(ゆうぜん)さんからこの話を聞いて、ハッとさせられました。海水には本来92種のミネラルが含まれていて、井上さんが海水から炊きあげてつくる塩には、そのうち70種くらいが含まれているそうです。同じ「塩」でもほぼ塩化ナトリウムだけの食塩とは大きな違い。井上さんの塩づくりについて、くわしく話を伺いました。

下関市出身で元々商社マンだった井上さんが、脱サラして自給自足の生活を始めたのは1997年のこと。経済活動が優先され、環境保全や食の安全がないがしろにされている社会での生き方に疑問を感じたことが、きっかけだったそうです。その後、昔ながらの製塩方法と出会い、自分でもやりたいと考えたものの場所探しに苦労したと、当時を振り返ります。

「山口県外も含め、いろいろな場所の海岸線を見て回りましたが、自分の思い描く理想の塩づくりに適した場所が見つかりませんでした。『海外じゃなきゃ無理なのか?』と半ば諦めかけていた時に、知人から油谷島を教えてもらい行ってみたところ、すぐに一目ぼれ。多様性に富んだ自然が残り、生命力に満ちていることに驚きました。また、森のミネラルが大きな川を通じて油谷湾に流れ込む地形的特性、周辺に工場など海水を汚すものが何もない環境面も塩づくりに理想的な場所でした」。

百姓庵の塩づくりは、「流下式塩田製塩法」と呼ばれる、伝統的な製塩法。まずは、油谷島の海からくみ上げた海水を立体式塩田で蒸発させ、塩分濃度を高めた後に、釜で炊きあげます。

塩炊き釜で使う薪は、廃材や間伐材を活用。天ぷら油の廃油でディーゼルエンジンを動かして電気を使わないようするなど、捨てられるものを燃料にして生産する循環型システムにこだわっています。

塩分濃度が27%を超えると、塩の結晶ができ始めます。

仕上げに欠かせない「天地返し」。塩のでき始めと終わりではミネラルの成分が異なるので、釜や樽の底側と上側を混ぜ合わせます。そうすることで、海水や体液のバランスに近い塩が完成します。

海水から約1カ月の手間暇をかけてつくられた百姓庵の塩には、「春塩」「夏塩」「秋塩」「冬塩」の4種類があります(直売・オンライン通販価格180g・955円)。

商品名に付けられた春夏秋冬は、海水を採取した季節を示したもの。「夏の海には梅雨に山から流れ出たミネラルがたっぷり含まれているので、旨味の強い塩になります。冬塩は夏に比べると塩味が強い味わい。秋はその中間のバランスがとれた塩といった具合に、四季折々で、味や色味が大きく異なるというのも、うちの塩ならではの特徴です。その違いを楽しんでほしいですね」と井上さん。

シンプルに食べてこそ際立つ
ミネラル豊富な塩の旨味

ただの塩味だけではなく、複雑な旨味が口の中に広がる百姓庵の塩は、料理に使うと素材の味を引き立てると評判です。日経新聞が発行する「NIKKEIプラス1」の「何でもランキング・おにぎりに合う塩」では、世界中の塩の中から2位に選出!長門市内のホテルや道の駅、東京の「GINZA SIX」などでも販売と、その人気は今や全国区です。

今年3月、油谷にオープンしたショップ&カフェは日曜日のみの営業。塩のほか、百姓庵で栽培する米や野菜、加工品が並んでいます。

抹茶、カレー、バジルなどバラエティ豊かなフレーバーが揃うアソート塩(585円)は、ショップ限定販売の人気商品です。

ショップに併設の「Pizza Hyakusho-an」では、百姓庵の塩と自家製有機トマトのソース、地元産食材を使った本格的な窯焼きピッツァ(写真・下はソルトピッツァ850円)が楽しめます。

塩づくりのかたわら、環境保全活動にも力を注ぐ井上さんは、毎年5月、製塩所近くにある大浦海岸のビーチクリーン運動を行っています。今年で11回目となり、約500名の参加者が集いました。

「海水を煮詰めてつくる百姓庵の塩は、いわば環境を結晶化させたもの。海を汚せば、自分たちにダイレクトに返ってくるということを、伝えていくことも私の役割だと考えています。まずは目に見えるごみ拾いで、これだけ海が汚れているという現実を知ってもらう。そして、ごみ拾いに参加した方にそのことをまた別の人に伝えてもらう。この運動を続けることで、少しでも多くの人に環境について考えてもらうきっかけになればと思っています」と井上さん。2017年には百姓庵を株式会社化。地域に雇用を生み出すことで、過疎化を少しでも食い止めたいと考えているそうです。

「過疎化ってネガティブな響きですけど、私から見ればチャンスの宝庫。人が足りていないというだけで、ビジネスチャンスはたくさん眠っていると思います。私の想いに共感してくれる若者が全国から集まってくるようになったので、彼らがやりたいことを事業化してサポートしていくことが、これからの楽しみですね」。今回のインタビュー直後にも、「四季の塩ソフトクリーム」の移動販売をスタート。豊かな山口の自然環境を軸に、塩づくりから事業の幅を広げる百姓庵の今後に注目です。

<公式サイト>
http://hyakusho-an.com/

<オンラインショップ>
http://hyakusho-an.ocnk.net/

取材時期:2018年6月
※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。
最新の情報は直接各スポットへお問い合わせください。
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直営ショップ&カフェ「Pizza Hyakusho-an」

住所 山口県長門市油谷向津具下1098-1
TEL 0837-34-0377
営業時間 11時~16時 ※日曜のみの営業