腕のなかに、しっかりと抱かれる赤ちゃん。頬を寄せながら、その子の背中にそっと視線を落とす女性。

「先天性の病気で、一週間後に大きな手術を控えた女の子でした。術後、背中に傷が残ってしまうので、その前に傷のない姿を残してあげたいというのがお母さんの願いだったのです」


【渡辺さん提供】

山口県光市島田の「フォト・オフィス・マザーリーフ」。スタジオに掛けられた1枚のモノクロ写真を筆者が見つめていると、代表の渡辺美沙さんがそう教えてくれました。

ウエディングやマタニティーフォト、家族写真……。どんな撮影においても、渡辺さんが大切にしているのは「『目に見えないもの』を表現すること」。渡辺さんにインタビューをしていくなかで、筆者にもその言葉の意味が見えてきました。

美しいだけの写真はいらない

―この抱かれている赤ちゃんの写真。なにか、とても訴えてくるものがありますね。

撮影中、ご両親が「こんなに小さいのにね」「手術がんばるしかないね」と、女の子に何度も語りかけていました。それを聞いていて、絵に描いたような美しい写真を撮る必要はない。私にできることは、このご両親の女の子への愛情と応援を残すことだと感じました。シャッターを押すたびに「健康な身体に生んであげられなくてごめんね」というお母さんの思いが伝わってきて、私自身、涙の止まらない撮影でした。

―「絵に描いたような美しい写真を撮る必要はない」という言葉には、強い決意のようなものが感じられます。「きれいな写真」「上手な写真」を求める人がほとんどだと思うので。

きれいに撮ることはもちろんですが、そこがプロとして自分に求められている写真ではないと感じています。大切なのは、カメラの前にいる方の思いや感情なんです。そうした目に見えないものをどれだけ感じ取り、寄り添っていけるか。写真そのものは一枚のぺらぺらしたプリントですが、そうしたものが深み、厚みとなって見る人の心を動かしていくのだと思います。

―それは、どの撮影でも同じですか?たとえばウエディングなどでも?

もちろんです。ウエディングドレス姿を撮影するのにも、ただ白くてきれいだと思ってシャッターを押すのと、そのドレスを選ぶまでの時間、結婚への不安や葛藤、それらを越えて、いま会場で祝福されているという喜び……。そうしたものを踏まえてシャッターを切るのとでは、同じドレス姿でもまったく違った1枚になります。ウエディングの撮影はこれまでに600回を越えますが、私のスタンスは常にここにあります。


【渡辺さん提供】

―600回以上……。かなりの数ですね。

もともと自分の結婚式でとても感動し、そこで撮影していた式場カメラマンになろうと思ったことが、いまに繋がっています。ウエディングは私のべースなのです。

現場でたたき込まれたプロ意識

―プロになろうと決意させるほどの感動とは、どのようなものだったのでしょうか?

特別なことではありませんよ。ただ、自分にとっては想像をはるかに超えて素晴しいものだったのです。祖母は花嫁姿を見て泣き始める、誰もが「おめでとう」と声をかけてくれる、会場に入ると大勢の方が私に向かって一斉に拍手してくれる……。そのとき、私は心の底から両親への感謝が沸いてきました。そして、こんな素晴しい瞬間を撮影できるのなら、自分もプロカメラマンになろうと思ったのです。

―それまでにも、写真はされていたのですか?

高校も短大も写真部でした。短大では元報道カメラマンの男性が顧問だったんです。顧問の先生が入手した情報をもとに、事件や事故の現場に駆けつけて撮影して、フィルムごと新聞社に持ち込むなんてことを繰り返していましたね。

―学生というより、フリーのフォトジャーナリストのような……。

そうですね(笑)。写真は全国紙にも何度か掲載されました。先生からは「東京へ出て報道カメラマンにならないか」とも言われましたが、事故現場などで悲しんでいる人たちにカメラを向けるのは心苦しくて……。卒業後は地元でごく普通に会社勤めを始めました。

―写真は辞めてしまった?

地域の写真サークルに所属していましたが、もちろん趣味の範囲内です。


【撮影中の渡辺さん (渡辺さん提供)】

―そして、自分の結婚式で再び……ということですね。

ええ。でもいきなりプロにはなれないので、広島の写真館で式場カメラマンとしての経験を積みました。週末にプロの方とともに式場に入って現場で学ぶ、という日々を重ねました。ボロクソ言われることも何度もあったけど、本格的に育てていただきましたね。1年後には、1人で式場を任せてもらえるようになりました。

―1年で独り立ち、というのはかなり早いほうではないのでしょうか?

「新郎新婦の気持ち」で撮る

そうかもしれません。それはやはり、自分の結婚式での体験が元にあるからだと思います。たとえば、新婦がご両親への手紙を読む場面。そのとき新婦はお母さんの顔を見ることができません。でもきっと、お母さんがどんな表情で聞いているのか知りたいはずです。そういうことが細かく感じ取れるんです。つまり、自分の撮りたい写真ではなく、新郎新婦の代わりに2人の目線となって撮影できるということですね。そして、もう一つ忘れてはならないのは、「接客」です。

―接客、ですか?

はい。その場にいらっしゃる方のすべてを敬う気持ちが、何よりも大切となります。

―敬う気持ち……。そうしたカメラマンにはあまり出会ったことがないかもしれません。というのも、花火大会などでは「そこ邪魔」「どいて」などと平気で言うカメラマンをよく見かけますから。

そういう「良い写真さえ撮れればいい」といった傲慢な気持ちで式場に入ると、大変なことになります。でも残念ながら、そういうカメラマンも少なくありませんね。

撮影しているのは「光」、「愛」、そして……


【二科展写真部全国3位受賞作品 (渡辺さん提供)】

―では、マタニティーフォトなども、ご自身の経験がベースにあるのでしょうか?

ええ。マタニティーも、1歳の記念も、七五三も。自分の経験があるから、感情に寄り添うことができるのだと思います。

もっと本質的に述べるなら、そうした撮影現場には目に見えない瞬間の光、命の輝き……、そうしたものが存在しています。それを表現できるのは、その瞬間の「肉体」を記録できる写真だけなんです。

―肉体、ですか?

ええ。私は肉体というものをとても重視しています。最近は「魂」の話をされる方が増えていますが、私は肉体が大切だと思っています。なぜなら、魂は生まれ変われたとしても、いまの肉体は1回きりだから。その掛け替えのない肉体を持って、誰もが泣き、笑い、悩み、喜び、愛を与えながら生きているのです。


【渡辺さん提供】

―確かに、そうですね。

肉体は生きている証であり、それを記録した写真は生きた証です。かつて、病気のため生後1ヶ月しか生きられないと言われた赤ちゃんの撮影を頼まれたことがあります。わずか1ヶ月でも、そこには紛れもない命があり、その赤ちゃんへのお母さんの底知れぬ愛がありました。そうした命と愛の瞬間を残していくこと。それが私のカメラマンとしての使命です。

そんなふうに命そのものに向き合って撮影を続けていると、生まれてきただけで本当に奇跡なんだと実感できます。命の素晴らしさに気づかせてくれた写真への感謝を胸に、これからもお一人、お一人の命の瞬間に向き合っていきたいですね。

渡辺美沙さん
二科展写真部全国3位(2014年)、アジアゴールデンスターアワード商品賞(2017年)。
日本ウエディングフォトグラファーズ協会理事、二科会写真部山口支部員、富士フイルムプロフェッショナルセミナー講師。

取材時期:2019年8月
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フォト・オフィス・マザーリーフ(渡辺美沙さん)

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