埼玉県出身の私は、ほどほどの田舎の中で不便を感じることもなく育ち、田舎への憧れを抱くこともありませんでした。たまたま好きになった人たちが暮らす場所が、いいなと思う空気が流れているのが萩だったのです。だから私は、萩で暮らすことを決めました。

はじまりは王道の観光を満喫した山口旅行

2014年9月、山口県に初めて足を運んだのは5年前のこと。
秋吉台、萩城下町、須佐ホルンフェルス、角島大橋、門司港……。王道の観光地をまわった2泊3日の旅行。女3人での旅行は、何をしていても面白く、終始笑っていたような気がします。当時の私たちは、どこにいるかということよりも誰といるかが大事だったのです。そのときは萩や山口県に強烈に惹かれたということもなく、楽しい旅の思い出を胸に帰路につきました。

山口県の海の透明度に友人とはしゃいでいた思い出

山口県の海の透明度に友人とはしゃいでいた思い出

それから3ヶ月後、私は再び山口県を訪れました。
今度は、以前泊まった「萩ゲストハウスruco」のヘルパースタッフとして。ヘルパーというのは、宿泊が無料になる代わりに宿運営のお手伝いをする、フリーアコモンデーションという制度で働くスタッフのことです。色々なゲストハウスに泊まる中でもrucoはいい意味で個性が強すぎず、ここなら普通な私でも働けるかも……と思えた場所でした。

萩に魅了され、萩に思いを馳せる日々

ヘルパーとして萩に滞在した2ヶ月間は、まるで海外に来たかのように刺激的な日々。壮大な自然や生き生きと暮らす人々に触れ、自分の中に眠る感性が揺さぶられるのを初めて感じることができました。「なんでそんなに萩が好きなの?」と問われれば、自然や人ももちろん魅力ですが、それらが織り成す空気感が自分の内面と対峙する時間をもたらしてくれるからだという答えをもつようになりました。

地元の方に丸1日かけて山口県の案内をしてもらったことも

地元の方に丸1日かけて山口県の案内をしてもらったことも

春を迎え、社会人として東京で働き始めたのは、SNSマーケティングに特化したベンチャー企業。新卒らしく会社に迷惑をかけながらも、本当に大切に育ててもらいました。社会人になってからも長期休暇には必ず萩を訪れ、深呼吸をする。そしてまた休みが明けると、萩に思いを馳せる日々。
転機が訪れたのは、自分の案件も一通りまわせるようになり、OJTの後輩もひとり立ちの時期を迎えた頃でした。突然、チームの先輩が会社を辞めることになったのです。先輩の案件を引き継げば、しばらくは会社を辞めにくくなる。萩のゲストハウスでも働けるよと声をかけてもらっている。「これはタイミングなのでは……」そう考えた私は会社を辞め、萩に引っ越すことを決めました。

萩の暮らしの中で広がっていく景色

2019年10月、萩での暮らしも4年目を迎えます。
ゲストハウスで働く傍ら、小商いというものをたくさん経験させてもらいました。古道具屋、フォトライター、リトルプレス編集部、SNSセミナーの講師、フライヤーのデザインなど。そのほとんどが未経験のことでしたが、興味が湧くものは躊躇なく取り組んでいきました。圧倒的なスキルや人手不足の中で、自分で試してみると誰かが見ていてくれて、一緒にやろうと声をかけてくれる。そうして、見える景色がどんどん広がっていく。この感覚こそが、今の私にとって萩という土地で暮らす面白さなのかもしれません。

昨年秋には古道具屋の庭で小さな蚤の市を開催

昨年秋には古道具屋の庭で小さな蚤の市を開催

 

そして萩の魅力のひとつが、見返りを求めない優しさを自然と纏った人々の存在。萩に越してくるときの埼玉からの荷物は、段ボール7箱のみ。家が決まるまでの間は、お世話になっていた方の工房で預かってもらい、家具や家電のほぼ全てを友人の紹介でいただくことができました。他にも、仕事の合間を縫って搬送を手伝ってくれた方や、自転車を整備してくれた方もいます。

仕事用のトラックを使って、運搬を手伝ってくれた友人も

仕事用のトラックを使って、運搬を手伝ってくれた友人も

家探しは、萩に引っ越す2ヶ月前に市役所の移住相談窓口に行き、いくつかの物件を紹介してもらったり、自分で街を歩いて空き家を探し回ったりしました。埼玉に戻ってからネットなども見ましたが情報はほとんど出てきません。家が決まらないまま、しばらくの間はゲストハウス生活をさせてもらう覚悟で山口県へ。萩の友人が「多分うちの裏の家が空いているよ」と教えてくれていたこともあり、萩に来た翌日にはその物件を見に行きました。その後も市役所の方にお世話になりながら、結局、友人が紹介してくれた空き家に住むことに。

「田舎だから」という言葉では済まされない、染み渡る優しさで溢れている人ばかりだと、引っ越し早々実感することができました。本当にこの土地でやっていけるのかという不安は誰もが少なからず抱くことだと思いますが、暮らしてみないとわからないことばかり。それでも一度は長期で滞在し、その土地のネガティブな面にも目を向けた上で行動に移すことが、自分やその地域の人、双方にとって良いことだと思います。

現に、萩での暮らしの中では、精神的に自立していることがとても重要だと感じています。噂はすぐにまわるし、どこに行っても知り合いに会う。だからこそ、ネガティブな空気には敏感であるべきだし、なるべく自らを遠ざけるよう意識しないといけません。情報社会で育った私はデジタル面での刺激に飢えてしまうことや、壮大すぎる自然に畏怖感を抱いて疲れてしまうこともあります。そんな時は慣れ親しんだ場所に帰ったり、心地のいい環境に身を置くようにして、意識的に自分のチューニングを繰り返しています。

こんな素晴らしい夕景も歩いて見に行ける場所

こんな素晴らしい夕景も歩いて見に行ける場所

そんな暮らしの難しさを加味したとしても、愛おしいと思える人たち、愛おしい土地に魅了されてしまいました。これからもその時々の心地良い距離感を模索し続け、見える景色が広がっていく楽しさを糧に暮らしていきます。