氷のようにキラキラと透明で、口に含むとすっと溶けていく―。

山口県周防大島町の南西部、立岩ケ浜。車通りの多い国道から外れた、隠れスポット的な静かな浜辺で、いま塩づくりが情熱的に進められています。その名も「龍神乃盬」(りゅうじんのしお)。この地で長年日本料理店を営んできた村上雅昭さんが、有志らと合同会社「龍神乃里」を立ち上げ、挫折を繰り返しながら今年7月、商品化に成功しました。村上さんと、同社の生産部長・松田昌樹さんに、塩にかける深い想いを聞きました。

村上さん㊧と、松田さん

村上さん㊧と、松田さん

「名脇役」としての塩を追求

―「龍神乃盬」。さっそくですが、どんな塩なんでしょう?どういった特徴が……
村上
まあ、まずちょっと舐めてみてください。ひとつまみ舌の上に載せて、上あごにこするようにして味わってみて。

―(舐めてみる)……すごくクリアな味というか、すっと溶けていく感じです。まったくしつこさがありませんね。
村上
そうでしょう。「料理の味を引き立てる、雑味のないクリアな塩」。これが、「龍神乃盬」のコンセプトですから。そのために、雑味を可能なかぎり取り除いて、しょっぱく感じることなく、すっきりとした後味を楽しめる塩を目指しました。
本来、塩は素材の美味しさを引き出すための脇役ですから。主張が強くてはいけないと私は考えています。この塩を、ご自宅で生野菜などにパラッと振りかけてみてください。きっとどれほど名脇役か、分かると思いますよ。

口溶けの良いクリアな味は、天ぷらに付けても美味しい(松田さん提供)

口溶けの良いクリアな味は、天ぷらに付けても美味しい(松田さん提供)

―日本料理のプロである村上さんならではのコンセプトですね。ところで、そもそもなぜ塩づくりを始めようと?
村上
まず、根本には青少年を育成するための環境づくりがあります。塩は目的ではなくて、そのための手段なんです。

―塩づくりは手段?
村上
ええ。第一に、この地で人間力を高める人財育成や教育支援の場を立ち上げたいという思いがありました。それは、私の店で開講している市民大学「龍神大学校」として実現したのですが、さらに、地域資源を活かして青少年の教育を金銭的にサポートする仕組みができないかと。塩なら、海水は目の前にいくらでもあるし、燃料は耕作放棄地などの雑木が利用できますから。

村上さんのお店「クレスト・オブ・ザ・ウェイブ立岩」 龍神大学校の会場でもある

村上さんのお店「クレスト・オブ・ザ・ウェイブ立岩」 龍神大学校の会場でもある

「何も分かっていない」ところからスタート

―確かに、資源はほぼ無限ですね。
松田
そうなんです。でも、2年前に始めたころは本当になにも分かってなかったので、大きな壁に何度もぶつかりました。
村上
まず、最初は塩についてあまりに無知すぎました。ただ海水を炊けばできるのだろうと。とんでもない思い違いでした。いい塩を作るためには、ほかのもの作りと同じく、ものすごく手間暇がかかるのです。

―どうしてそれが思い違いだと気づかれたのですか?
松田
とある天然塩を作っている方のもとへ、できた塩を持って行ったのです。その方は私たちの塩を口に含むとすぐに渋い表情をされて、「うーん」と。そして、呟かれたんです。「塩づくりは、雑味成分をいかに取り除くかだと思うんですが……どうですかね」と。

―雑味成分?
村上
ええ。でも、その言葉の意味するところを本当に理解するのに、それから1年くらい掛かりました。

店の前に広がる瀬戸内海。海水はここから直接汲み上げている

店の前に広がる瀬戸内海。海水はここから直接汲み上げている

松田
それまで自分たちが「塩」だと思っていたものが、間違っていたんじゃないかと。それから「正しい塩」づくりを求めて、文献を読んだり、塩の研究機関を尋ねたりしながら、何百回と失敗を繰り返してきたんです。

―そして、ついに「正しい塩」に辿りついた、と。
村上
それが、「正しい塩」という考え方そのものが不要なものだったんです。ある塩の専門の方から「その塩が持っているコンセプトが一番大事」だと教わって、「あ、なるほど」と。たとえば、名の知れた天然塩の多くはミネラル分が豊富です。それは逆に言うなら、雑味も多いということ。でも「美しい海の水をそのまま使う」というコンセプトを持っているなら、そこに価値が生れるのです。

―そこで出てきたのが、さきほどのコンセプトなのですね。
松田
そうなんです。ここ立岩ケ浜は、周防灘と伊予灘の交わる海域で、黒潮も入ってきます。加えて、緑豊かな山々からの天然水も流れ込んでいます。そのミネラル分に富んだ海水を炊きあげ、雑味の原因となるものを取り除きながら、クリアな味を目指しました。

まるでかき氷のよう

―先ほど、ものすごい手間暇がかかると言われましたが、どのような工程が必要なのでしょう?
松田
まず、目の前の海から汲み上げた海水を逆浸透膜の機械に通して、真水と海水とに分離させます。その後、海水を800リットル入る荒炊き用の釜に移して、薪で炊きあげていきます。海水を足しながら、1週間炊き続けていくんですね。すると当然、塩分濃度はどんどん高くなっていきます。その高濃度のものを、今度は本炊き用の釜に移して、結晶化した塩だけを採っていくんです。

1週間炊き続け、結晶化した塩を集める松田さん

1週間炊き続け、結晶化した塩を集める松田さん

釜は、薪を使って炊きあげる(村上さん提供)

釜は、薪を使って炊きあげる(村上さん提供)

―そして、完成ですか?
松田
いえいえ。その塩から一旦にがりの成分をのぞくために、遠心分離機にかけます。最後にミネラル分を含むにがり成分を再び加えて、味を整えるのです。出来上がったばかりのものはキラキラと輝いてすごくきれいなんですよ。ほら、これが昨夜できたばかりの塩です。

―確かに。まるでかき氷みたいですね。
松田
地元の女性たちにも手伝ってもらいながら、月に150~200キログラム生産しています。もっと増やしていきたいのですが、いまはこれが限界ですね。

塩づくりを手伝う地元の女性たち(松田さん提供)

塩づくりを手伝う地元の女性たち(松田さん提供)

恩師が最後の情熱を賭けて

―ところで、先ほど「龍神大学校」というものがそもそもあり、塩は手段だと仰いましたが、では「龍神大学校」はどういう経緯で始まったのでしょう?それを村上さんが始められたのは、どうしてなのですか?
村上
私の学生時代の恩師に、平野仁という方がいます。1964年の東京五輪開会式でのマスゲームを指揮された方で、松下政経塾の講師も務められていました。晩年、末期ガンに侵された身体で全国の教え子のもとを尋ね歩くなかで、私のところにも寄られたんです。その際に、「ここで青少年教育をしたいね。その運営のために塩づくりを始めよう」と言われ、私財を投じられたんです。

―なぜ、周防大島にそこまで?
村上
この島が著しい人口減と高齢化に直面していることを知った平野先生は、「ここには日本の将来の縮図がある」と。「だったら、ここで日本の行く末を変えるようなプロジェクトを始めてみよう」と発案されたのです。常に前向きに考え、人を鼓舞し、実践していく人でしたから、龍神大学校も、塩づくりの準備も、一切迷いなく取り組まれました。

―では、この製塩施設は……
村上
ええ。大部分は平野先生の私財で完成したものです。残念ながら、先生は4月、施設の完成を見ずに亡くなられてしまいました。

平野さんが私財を投じて建てた製塩施設

平野さんが私財を投じて建てた製塩施設

―それは無念ですね……。「龍神」というネーミングも、平野先生によるものですか?
村上
そうですね。周防大島はその形から「金魚島」とも呼ばれています。でも先生は「この形は金魚じゃなくて、龍だ」と。島内には龍のつく地名や寺院などもあることから「これだ!」ということで、すべての取り組みに「龍神」を付けることになりました。

【平野さんが描いた、周防大島の形を元にした龍神図】

平野さんが描いた、周防大島の形を元にした龍神図

―取り組みへの思い、よく分かりました。最後に、これからの展望についてお聞きしてよろしいですか?
松田
塩はこれから販路を広げていきたいですね。島内や近隣市町に留まらず、全国流通を目指しています。すでに北海道や関東のレストランでも使っていただけるところが出始めました。
村上
そのようして生まれた利益を、英語塾の開設や、短期留学をしたい子どもたちへの資金などにも活用できたらと考えています。この取り組みの中から外に出て活躍する人財が育ち、そうした優れた人財がいつか周防大島に戻って、また島の未来へ向けてたすきを繋いでくれたら嬉しいですね。

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龍神乃盬
60
グラム入り 700円(税別)

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龍神乃里

住所 山口県周防大島超東安下庄立岩ケ浜577-1
TEL 0827-77-0567
URL https://ryujin-salt.jp/