「まあ、ひとつ食べてみてください」

そう言うと、大きく実ったオクラを切り取って、筆者の目の前に突きだしてきました。

こうされて、食べない訳にはいきません。生のままかじっても大丈夫なんだろうか……と思いながら、ひとくち食べてみました。

甘くて、美味しい! しかも、ネバネバがすごいんです。

「そう、この粘り気が生命力の証なんですよ。しっかり土づくりができれば、農薬や肥料を使わなくても十分、実るんです。ようやくここまで来ました」。畑を見渡しながらそう語る中濵良太郎さんは、本当に幸せそうです。

畑にはオクラと一緒に、背の低い草が無数に生えています。
「この草を、そのまますき込んでいくんです。すると、それが堆肥になっていきます。それをひたすら繰り返すと、自然の力でいい土になっていくんですよね」

30歳を前に脱サラ。まったくゼロからスタート

岩国市玖珂町などの計約2ヘクタールの田畑で米や野菜約80品種を育てる中濵さんが、農業を始めたのは10年前。大学卒業後、会計事務所に勤めながら税理士を目指して勉強を続けるうちに、多忙とストレスから鬱状態になったことがきっかけでした。

「何をするにもだるくて仕方なかったんです。30歳を前にして、これからも同じような生活を続けていくだけでいいのかと真剣に考えていくうちに、これしかないんじゃないかと」。仕事を辞め、命にとって最も大切な「食」を育む農業の道に進むことを決意しました。

「それに、農業なら自分にもできると思っていたんです。だって、近所のおじいちゃんやおばあちゃんもやっているから。でも、ほんとに考えが甘かった」

とれたての野菜たち。こんなふうに立派に実るようになるまでには、長い時間が掛かっている(中濵さん提供)

「やるなら有機・無農薬栽培で」と、九州で有機農法を実践している人のもとに住み込んで研修を受けるなどしながら、知識と技術を身につけました。

「だけど、最初はまったくダメでした」。収穫量が少ない、形が悪い、売れない……。三重苦に悩む期間が3年以上続きます。手間暇かけてやっと収穫しても、大半が商品にならないことも珍しくなかったそう。「でも、一生懸命育てたから捨てられないんですよね。すると倉庫で腐っていって。それを見るのが本当に悲しくて」

現金収入を得るため、農作業後に深夜の弁当づくりのアルバイトに出かけたり、冬場は酒造会社に住み込みで働いたり。そうした生活が2年以上続きました。

しんどかった経験のすべてがいま、生きている

「いったい自分は何をやっているんだろうと……。あのころは本当にしんどかった。けれど、決して不毛な期間じゃなかったんです。いま、そのすべてが生きていますから」

5年前から、自分で育てた野菜をつかった弁当を月に一度、岩国市内の神社境内で販売。素材の良さと美味しさからファンも多く、毎回ほぼ売り切れるほどの人気となっています。

売り切れる日が続いている野菜弁当(中濵さん提供)

2015年からは、11月~3月の農閑期を利用して完全予約制の農家レストラン「農家厨房 月城丸」を開設。週2日、ランチのみの営業ですが、中濵さんが育てた農作物の安全性と、品数の多さなどから好評です。

「農作物の販売と違って、お客さんからその場でダイレクトに『美味しい』と言ってもらえるのは、本当にありがたいですね。感動が直接伝わってくるので、大きな喜びになっています」

生産、加工、販売、そして飲食サービスまで一貫して行うようになって、「経済的にもようやく安定してきた」そうです。

月城丸のランチ(中濵さん提供)

酒造会社で学んだ発酵の知識は、土作りに生かされているといいます。「有機栽培は、腐敗ではなく、いかに発酵させるかが最も大切なポイント。酒蔵で身体を使って覚えたことがすごく役に立っています」。将来は生ゴミを堆肥化し、暮らしと農業が完全に循環した生活を目指しています。

一方で、有機・無農薬栽培は実践者が少なく、周囲からはまだ奇異な目で見られることも多いとか。「雑草をすき込む農法も、ただ荒らしているだけに見えるみたいですね」。当初は理解を得られず、深い孤独感に沈む日々も少なくなかったとのこと。それでも続けて来られたのは「自分のやっていることは、決して間違っていないという確信があったから」と振り返ります。

「楽しい」とやっと言えるように

「農業は楽しい。10年やってきて、いまやっと、心からそう言えるようになりました。何を、いつ作って、どんなふうに加工してもいい。これほど自由度の高い仕事はほかにないでしょう」

そんな中濵さんが、いま気になっているのが担い手不足です。
「農地が目に見えて荒れていっているんです。それを食い止めるためには、もっと若い人に農業を始めてもらいたい」。かといって、自身の経験から安易な夢は語りません。
「最初は厳しい思いをすると思う。でも、すべての経験が少しずつ生きてくるようになります。それは土づくりと同じ。腐らず、自らを発酵させていけば、必ず花が咲き、実りに繋がる日が来ますよ」
そう言って、オクラの収穫作業に戻った中濵さん。その姿は、強い生命力に溢れていました。

中浜農園(農家厨房 月城丸)

住所|山口県岩国市入野367

TEL|080-3882-3040

備考|「農家厨房 月城丸」は11月~3月の期間限定営業