「もっと顔を上げて、笑顔で」
「最後、もう少しまとまってみようよ。そこ、もう1回ね」 

山口県岩国市フィットネスクラブ内にあるダンススタジオ。激しいビートなか、子どもたちを指揮する河村舞香さんの声が響きます。何度も曲を止め、ときにはお手本を示しながら、姿勢や立ち位置などを確認。先生も生徒も、その目は真剣そのものです。 

お手本を見せる河村さん

東京で舞台俳優として活動したり、アイドルとして踊ったり、プロの世界で生きてきた河村さん。その経験がいま、年齢を問わず故郷の人たちの喜びへと繋がっています。「山口に帰ってきて本当に良かった」と語るその背景について取材しました。 

幼い頃から俳優志望

河村さんは3歳から地元でダンスを学び高校1芸能事務所に所属週末には新幹線で東京に行って学習塾のパンフレットに使われる写真モデルなどを務めていました。東京の芸術系の短期大学へ進み、本格的に俳優の道を目指すように。ダンスのほか、シェークスピアの戯曲など演劇にも出演していました 

学内ではダンスサークルを立ち上げて、学園祭でオリジナルの作品を披露。ただ、河村さんの情熱について行けず後輩たちがめてしまったことも。 

「見てくれる人は、自分たちのために貴重な時間を割いてくれているので、中途半端な気持ちではできません。上手い下手ではなく、思いのしっかり入ったステージを届けたい。だから『楽しければそれでいい』といったのりで関わってくる学生に対して、つい厳しくなってしまったんですね」 

厳しい表情の河村さん

ダンスの指導をしているときの目には、プロの厳しさが垣間見える

原点は、祖父と父の姿

アイドルグループにも所属し、数万人が集まるイベントで歌ったことも。でも一番やりがいがあったのは、「撮影会のモデル」だっとか 

参加されたカメラマンの方たちとお話していると、カッコイイ感じがいいとか、自然な表情が好みだとか、それぞれ撮りたがっている写真が分かってきました。私が撮ってほしいものではなく、その人が撮りたいもの応じてポーズをすると、とても喜んで貰えて。どれほど相手の求める自分に近づけるかを意識すればするほど、楽しくなっていったんです 

常に見てくれる人、関わってくれる人を優先。その姿勢は、河村さんの祖父・實さん(75や、父・友重浩二さん(60から受け継いだと言います 

父は私が小さい頃からずっと、地域を良くすために活動を続けています。そしておじいちゃんは、いつも自分より人の幸せを優先して生きてきた人その人の幸せのためなら自分がどれほど我慢してもいいと。そして、そのほうが結局、自分も幸せになれるんですよね」 

語る河村さん

大切な家族の話をする河村さん

そんな祖父が小さな頃から大好きだった河村さん東京である程度まで頑張ったら、祖父の近くで暮らそうと決めていました。それで祖父が笑顔になるなら、私嬉しいので」 

25歳を機に俳優への道を断ち、帰郷。「私なりにやり切ったので、何も悔いはありませんでしたね。もともと、前しか見ないタイプなので(笑)」。
ただ、地元で何をするかはまったく考えてなかったそうです 

相手の求めに応じるままに

帰郷後、知り合いの女性とのおしゃべりの中で「地域のおじいちゃん、おばあちゃんにはいつまでも元気でいてほしい。ストレッチやダンスでそのお手伝いができたらいいかも」と何気なくつぶやきました。すると、その女性が実現に向けて動いてくれて、あっという間に教室を開くことに。 

丁寧な指導が評判を呼び、メンズ、キッズ、親子……など、現在は地元のフィットネススタジオや公民館などで計7クラスを教えています。「自分からやりたいとか、やらせてとか、1回も言ったことなくて。求めていただけるって、本当に感謝しかないです」 

さらにダンスだけでなく、ネイルアーティストとしての顔も。東京時代に学んでいたネイルの技術を母親の友人に披露したところ、「すごく喜んでもらえて、その方を通じてたくさんの人に来ていただけるようになりました」 

ネイル

すべての経験に「感謝しかない」  

何もかもうまくいっているように見える河村さん。意外にも、幼い頃から繰り返しいじめを受けていたそうです  

「無視されたり、上履きにたくさん画鋲を刺されたり。体操服なんて、ほとんどいつも新品を着ていました。何度も隠されて、戻ってこなかったので」 

それを乗り切れたのは、「母(和枝さん)がいつも明るく笑わせてくれたから」。してそうした辛い経験があるから、いまの私があるんです」と。「人を不幸にするのではなくて、幸せにするために生きることがいかに大切か、ぶことができました。人の気持ちにも敏感になったと思います。だから、怒りとか、見返してやるとかいう気持ちじゃなく、むしろ感謝しているんです 

伏し目の河村さん
「Uターンして、120%正解!」

東京での生活と比べて、唯一寂しく感じる遊ぶところが少ないことと言います 

「でもそんなことより、人の優しさ、温かさが感じられる地元のほうが全然いい。人を蹴落としてまで上がろうとする人たちと競争しているより、目の前のの気持ちにしっかり寄り添うことができるいまのほうが幸せですね」 

大好きな家族そばで、自分を選んでくれる人たちのためだけに働く毎日。賑やかな通りや華やかなスポットライトはないけれど、「自分の生まれ育った場所で、これほど求めて貰えて本当に幸せです。山口に帰ってきて、120%正解でした」 

その言葉が本心なのは、レッスン中にふと見せる笑顔が物語っているようでした。 

笑顔の河村さん 

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河村舞香さん
住所|山口県岩国市周東町