「お米のごちそう あまざけ」 

それだけ書かれた、シンプルなパッケージ。ふたを開けてひとくち飲んでみると、独特の香り濃厚な甘みとともに、あまり感じたことのない力強い「何か」がお腹に落ちていきました。 

作っているのは、山口県田布施町に本社を置く農産物生産加工業「農多(のーた)。この味の秘密を知りたくて、同県平生町にある工房を訪ねました。
工房では、ミカンジュースづくりの真っ最中。大きな釜で煮て殺菌消毒した果汁を、びんに詰める作業が行われていました。 ジュース

シングルオリジンのミカンジュース

「飲んでみる?」
勧められるまま、できたてのミカンジュースを試飲。まだ温かいジュースはほどよい酸味があり、すっと口の中に溶けていくようなまろやかさがありました。 

「うまいじゃろ。近くの伊保庄や周防大島町の信頼できる農家さんから仕入れてるから。しかも極早生なら極早生のみ、その品種だけで絞るんよ。だから、いろんな農家さんのを混ぜこぜにした市販のものとは全然、違うんよね」 

そう話すのは、伊藤邦彦社長。加工所では、蒸した無農薬米に麹を混ぜて甘酒の仕込みも進んでいました 

米を混ぜる人

伊藤邦彦社長

「自分だけでなく、子どもや孫に食べさせるもんじゃけえ、やっぱり農薬は使いたくないんよね」 

伊藤さんは元教員。地元の田布施農業高校で農産加工について教えていました。その間、農家の方が「これ、なんとか加工できんかのお?」と学校に規格外の果樹を持ち込むことが何度もあったそうです。 

「でも、学校にいたんじゃ何もできん。独立して自分で始めてみよう」と27年間の教員生活から転身。2012年に「農多」を立ち上げました。 

本物のトマトジュースの美味しさを、地道に

農産加工をしていることを知ってもらうため、まずは自分で無農薬栽培したトマトだけで作ったストレートジュースと甘酒を商品化。いずれも味と品質には絶対の自信があったものの、当初は売上げ伸びず3年間は本当に大変だった」と言います。 

ジュース3本

その大変な時代、伊藤さんはとにかくイベントに出掛け、農多の商品を知ってもらうことに努めました。特に苦心したのは、トマトジュース。ブースを設けて試飲を勧めても「トマトジュースはちょっと……」と手に取らない人がほとんどだっとか。 

大手メーカー濃縮還元した味が浸透していて、あれと同じと思われるよね。でもひとくち飲んでもらえたら、まったく違うって分かるんじゃけど……」 

もどかしさを感じつつ、地道な活動を積み重ねて行きました。すると段々と問い合わせが入るようになったそうです。それに比例し県内の果樹農家の方から委託を受けて、ナシ、ブドウ、リンゴなのジュースやジャムを作る本来の加工業の仕事も増えていきました。現在、10以上の農家から受託し、年間で30種以上を生産しています。 

各種商品JR広島駅や、瀬戸内海を周遊する豪華客船でもジュースなどが扱われています。「客船の客室乗務員の方たちは、お客さんに説明するためにわざわざ工房まで勉強に来られた。やっぱりさすがだなあと感動したよね 

5アールからスタートした米作りも、近隣の農家から「もう高齢でできんから、やってくれんかいの」と頼まれることが重なり、いまは4.7ヘクタールを管理しています。圃場整理などの関係で、今後はさらに数倍に拡大する見込みです。「そうなれば大豆も育てて味噌とか醤油も作ってみたいね」 

大切なのは「ひと手間」 

「ひと手間かけることが大切」。取材中、伊藤さんは何度もこの言葉を口にしていました。 

ミカンジュースなら、丁寧にあくを取る。リンゴ、大抵は皮ごと全部を絞ってるけど、そうすると果汁が黒ずむし、雑味が出る。だから僕の所では一個ずつ皮を剥いて、芯を取ってから絞ります。そりゃ大変な作業。でも、だからこそいいものができるんよね。」 

アク掬い

ミカン果汁のあくを何度もすくい取る

6次産業」がひとつのブームになっていますが、伊藤さんは安易に勧めません。「作物を育て収穫するだけでも苦労が絶えないけれど、できないことはないと思うでも、そこから加工し商品化するには、まったく違うノウハウと経験が不可欠なんよね。設備投資だってばかにならないし。そこは、技術を持っているところと連携するのが一番いいと思うよ」と話します 

ただ、志のある人に自分の知識と経験をシェアすることは惜しみません。取材に訪れた日も、研修に来ていた人たちに事業展開などについて紹介していた最中でした。「僕にできることがあれば手伝うし、いくらでも相談に乗るよ」 

相談に乗っているところ

会社名の「農多」には、農業を活性化させたいという思いと、もうひとつ「このへんでは、方言で語尾に『のーた』ってつけるんよね。これは『あなたさま』といったニュアンス。やっぱりいいものを、お客様に届けたいので」。そんな願い込められています。 

いま、伊藤さんは新しい夢に向けて歩いています。それは農家民宿と農家レストランを始めること。すでに田布施町内に60年以上の古民家購入し少しずつ改修を進めているところです。「農業体験ができて、無農薬の米と野菜をお腹いっぱい食べてみんなが笑顔になる。そんな場所をつくれたら最高ですいのーた 

畑仕事

古民家の建つ敷地内で落花生や野菜を育てている

教壇を降り、人生を賭けて実践を続ける伊藤さん。甘酒に感じた力強さは、こだわりの素材だけでなく、伊藤さんの生き方そのものから醸し出されているものなのかもしれません。 

 

株式会社 農多 

住所|山口県田布施町麻郷858-11(本社)、山口県平生町大字平生町586(営業所)

TEL|0820-56-9701

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