鮮やかな色彩と力強い眼光に惹きつけられる「武者絵」。戦国武将をモチーフとした武者絵の幟や掛け軸は、無病息災の願いを込めて、男の子の初節句に祖父母から孫へプレゼントされることの多い縁起物です。

武者絵

山口県東南部に位置する周防大島。この島に50年以上、武者絵を描き続けている絵師がいます。お話を伺いに作業場である「岡本染工場」を訪れました。

周防大島の岡本染工場

外観

大島大橋から車で約30分。ライトグリーンの建物「民宿ラメール」の一角が染工場になっている

岡本さん

こちらが絵師の岡本勝也さん。武者絵幟や掛け軸の他、水産会社や造船所からの依頼で大漁旗や、地域の祭りに使われる幟の製作も行なっています。
この日は武者絵の最終工程、戦国武将・武田信玄の瞳を描いているところでした。繊細な筆の動きに思わず息をのみます。

描く様子

描く様子2

迷いのない筆さばきで、瞬く間に武将に命が宿っていく

瞳が入った途端、一枚の絵に描かれた武田信玄がこの世に降り立ったような、不思議な迫力を感じました。

絵師として生きてきた半世紀

話す岡本さん

岡本染工場は勝也さんの父、岡本惣一さんが立ち上げ、勝也さんは2代目になります。

「中学の時じゃったかなぁ。染工場を継ぐ気がない兄二人を見て、父が私に『お前が継いでくれんか』と言うてきたんです。その時は真剣に考えずに、ええよ、と答えた」

当時から人物を描くのが好きだったという勝也さん。同級生に頼まれ、石原裕次郎や松山恵子など有名人のイラストをよく描いていたそうです。高校に入ってからは、土日の休みに父の仕事を手伝うようになりました。

「父は教えることをせん人じゃった。逆に怒ることもほとんどなかった。仕事は見て覚えろ、と言われていたね」

ある日、これはうまく描けた、という絵を父に見せたところ、「自分自身で描いた絵をええと思うときはない。職人は一代修行じゃけぇ」と叱られたと言います。そんな父の下で描き続け、やっと一人立ちできたのは勝也さんが30歳の頃。
20歳から数えても半世紀以上を絵師として生きてきた勝也さんですが、絵を描くことを一度も嫌になったことがないのだそう。

「絵は飽きることがない。描くのが楽しい。元旦だけは休むけど、それ以外は描いても描かんでも工房に入ってこうやって椅子に座って、色々考えるんよ」

絵を広げる岡本さん

武者絵だけでなく、お雛様の絵を描くこともあります。普段は勇ましい男性を描くことが多いため、女性のやわらかい顔を描くのは難しいそうで……。

「この絵(手前)は可愛く描けたんじゃが、こっち(奥)はいまいち。この目と目の間隔が1mm違うだけでもしっくりこん。遠くから見たらちょうどよく見えるんじゃがの。何十年やっても、気をものすごく使う。顔が一番難しいね」

今も慣れることなく絵に真摯に向き合う姿は、お父様の「一代修行」という言葉が表す職人そのものです。

岡本染工場の新たな挑戦

時代の移り変わりと共に、武者絵のあり方も変わってきている近年。住宅事情の変化や核家族化が進んだことで、大きな幟を外に立てる人は減ったといいます。今ではマンション住まいでも気軽に飾られるよう、掛け軸やタペストリーなど小さめサイズの武者絵が人気とのこと。さらに、武者絵を多くの人に知ってもらおうと、最近取り組み始めたのがこちら。

商品

武者絵を使った色鮮やかなトートバッグや、瀬戸内のハワイと呼ばれる周防大島をモチーフにしたポーチなどの小物類。古くなってしまった幟の再利用を、とトートバッグを作り始めました。勝也さん自身がミシンに向かい、見た目や使いやすさを考慮し、デザインを何度も作り替えて今に至ります。古い武者絵はどうしてもダイヤ粉(ラメ)がポロポロ落ちてしまうとのことで、現在は一つひとつ小物用に染めた武者絵を使い作成しているというこだわりよう。

「ずっと同じことをやっていてもどうもならん。新しいことを考えていかんと」

そんな思いで、これまでの絵師としての技術を生かしながら、時代に即した商品を生み出しています。
他にも、岡本染工場では予約制で武者絵の染色体験を受け付けています。近年では海外からの観光客にも好評だそう。タペストリーサイズなので、自分の好きな色に染色してお土産にできるのが嬉しいですね。

先代から数えて約80年以上続く岡本染工場。伝統的な武者絵や大漁旗を次の時代にも伝えながら、新たな挑戦をし続ける姿勢に胸が熱くなります。周防大島を訪れた際は、絵師の心を感じる特別な武者絵のお土産を、ぜひ手にとってみてください。

 

岡本染工場

住所|山口県大島郡周防大島町大字西方下田1603-2

TEL|0820-78-0173

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