「ショウガって、どんなふうにできているのか見たことあります?」 

そう言うと野性味あふれるひげをたくわえた男性はスコップで畑を掘り起こして、笹に似た茎の束を持ち上げました。 

 根元には、大きく太ったショウガがごっそりと付いています。 

しょうが
「こんな
ふうになってるんです。でも、あまり見る機会ないでしょ」 

ショウガだけでなく、畑にはレタス、里芋、人参などのほか、レッドケール、ビーツ、チャービル……など聞き慣れない野菜も。「いや、僕も正直、何を植えたのかよく覚えてないです」。そう言って笑う男性の名は、向井淳さん。一部で「秘境野菜」と呼ばれている無農薬野菜を栽培しています。 

「秘境って言うほど奥地じゃないよって言うんだけど、友人が面白がってそう付けたんですよね」 

畑全景
向井さんが暮しているのは、山口県岩国市。日本酒「獺祭」で知られる旭酒造本社
のある山間部のさらに奥、標高約250メートルの三瀬川と呼ばれる集落です。 

 畑では、川のせせらぎと鳥のさえずりだけが聞こえます。
2年ほど前には、この近くでオオサンショウウオを見かけてね。全部で6匹もいたんです。ほかにも、イノシシ、サル、クマ……。まあ、ここはだいたい出ますね 

そんな秘境に、向井さんは2008年、妻の信子さんと移住してきました。 

日本中をめぐり、辿りついた場所

三重県出身の向井さんは大学4年生のとき、「このまま自分がサラリーマンになるイメージが沸かない。まずは自然の中で働いてみよう」沖縄県西表島でのサトウキビ収穫のアルバイトに参加。収穫シーズン後もイノシシ猟などの手伝いをしながら2年間暮しました。その後埼玉県で有機農法農家のもとで住み込んで研修を受けたり、群馬県で林業の手伝いしたりしながら、一次産業の経験を重ねていきました。 

妻の信子さんは東京都出身短大卒業後、「外で身体を動かして働きたい」との思いから、酪農家や農家のもとでの手伝いを続けていました。そのなかで訪れた埼玉県の農家で、淳さんと出会います。 

奥さん

収穫した野菜を仕分ける信子さん

農業で生きていくことを決めていた二人は就農先を探して全国を巡るなかで、三瀬川地区滋養強壮に良いとされる高級食材・自然薯の卸業者が栽培農家を募集していることを知り、移り住みました。 

まったく縁もゆかりもない土地でしたが、地域の人たちとは「イノシシが獲れる度に開かれる飲み会などに毎回参加するうちに、馴染んでいった」そうです。住まいは、「建てられたのは戦前らしい」といかなり古い民家。腐って一部に穴が空いていた床や、シロアリ被害でボロボロになっていた柱などを農閑期に自分たちで改修し、中学生から2歳までの3人の子どもたちと暮しています。 

現在は約1ヘクタールの畑で自然薯を、約4アールで野菜を育てています。 

自然薯をチェックする

自然薯の生育状況を見て回る向井さん 

水害後、少量多品種に挑戦

移住して以降、ずっと自然薯をメインに栽培を続けていましたが、20187月の豪雨災害後、方針を転換。自然薯畑の一部に土砂が流入して収量が減り、ひとつの作物に頼っていては何かあったときにやっていけなくなる」と痛感したそうです。 

「そこから、面白そうだなって感じた野菜をどんどん植えていったんですよ。そしたら、自分でも把握できなくなって。でも、これは美味いと思いますよ 

向井さんが畑からもぎ取ったのは、ナスタチウムという青い葉っぱ 

野菜

食べてみると、ピリッと辛くて、肉料理に添えられているといいスパイスになりそうです。 

そんな無農薬で育てられた珍しい野菜を求めて、取材日には光市からイタリアンのシェフが食材探しに来ていました。採れたての野菜を和えて即席で作られたサラダやパスタは、どれも素材の瑞々しさが溢れるほどに満ちていて、つい食べ過ぎてしまいました。 

シェフたち

野菜を和えて作ったパスタを盛り付けるシェフ

サラダ

無農薬野菜のサラダ 

「まあ、なるようにしかならない」

収穫した野菜は農家仲間が開設している直売所などで販売するほか、基本的に自家消費用とのこと。「今後は料理店などに卸すものも、少しずつ増やしていけたらいい」と向井さんは話しています。 

ただ、地域では高齢化が進み、中心メンバーも80代が大半に。「神社のしめ縄を共同でなう作業も、年々参加者が減っていて……」。維持できなくなる作業や行事が増えていくのを感じつつ、「でも、まあなるようにしかならないから」と信子さんとともに笑う向井さん。そのゆったりとしたたずまいで秘境の課題を乗り越えながら、これからどんな美味しい野菜をつくっていのか楽しみです。 

笑顔の二人

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向井淳さん

住所|山口県岩国市周東町三瀬川942-12
TEL|090-1864-3078