世界的に活躍するアーティストの企画展から「未来の運動会」まで、山口県山口市にある山口情報芸術センターYCAMで幅広く携わってきた西翼さん。フリーになった後も山口を拠点に全国を飛び回っています。キュレーターという仕事のほか、西さんの視点から見た山口市の魅力、可能性などについて聞きました 

―西さんはフリーランスのキュレーターとのことですが、キュレーターの仕事とはどんなものなのでしょうか? 

キュレーターは、主に美術館や博物館などで展覧会の企画をする職業のことを英語で意味します日本語にすれば学芸員ということになるのでしょうけど、実際にはキュレーターという言葉が持つ意味には広がりがあって、シンプルに「こういうことをする人」というふうに表現するのは難しいと感じています。 

YCAMにいた5年間ではメディアアートと呼ばれる作品展覧会舞台公演や研究開発プロジェクトなどにも携わりました。その中でも「未来の山口の運動会」は、フリーランスになった後も携わり続けている企画で  

「スポーツは作れる」

―「未来の運動会」ですか?  

はい。通常の運動会はリレー綱引きなど、昔から馴染みある種目で楽しみますが、未来の運動会では種目自体を参加者が自ら考えて、作っていきます。「スポーツは作れる」というキャッチコピーで2015スタートしました。 

未来の運動会

参加者がアイデアを出し合い、運動会をつくっていく(山口情報芸術センター[YCAM]提供 撮影・田邊アツシ) 

―これまでにどんな種目が作られてきたのですか? 

綱引きしながら玉入れしたり、鯉のぼりを持ってリレーしたりラップバトルで応援合戦恒例になっていますYCAMの施設や機材を活かして、映像プロジェクションなどを使っ種目毎年作られています30人程度の参加者全員で2日間かけてアイデアを出し実際にやってみては修正しながら、運動会に参加する人がみんなで楽しめるようにどんどん作り込んでいくんです。3日目の運動会には200人ほどの老若男女が集って、新しい種目をみんなで楽しみます。 


「未来の山口の運動会」の紹介動画。新しいスポーツをどのように作り、それがどれほど楽しいのかが伝わってくる。(山口情報芸術センター[YCAM]提供) 

―斬新ですね。 

嬉しいことにとても好評で、毎年5月の恒例行事になりつつあります。定員は200人としていますが申し込みは毎回定員以上になっています2015年以降、全国に広がっていて大阪、東京、京都、福岡でもそれぞれの地域や学校の人たちが開催しはじめています 

―お聞きしていると、たしかに学芸員という言葉のイメージとはかなり違いますね。なんというか、プロデューサーとか、エディター的な能力が必要とされるような感じがします。  

そうですね。特にYCAMではいろんな専門性を持った方と横断的に繋がりながら、幅広く仕事をさせていただいたので、企画や展示の仕方だけでなく課題を細分化して優先順位ごとに解決していく能力身に付ました。そうした経験は、フリーランスになってから県外で国際芸術祭や、未来の運動会などの企画に携わる時にとても役に立っています。 

直島、ヨーロッパ、東京、そして山口へ

―そもそも西さんはキュレーターという仕事に、どのように出会われたのでしょうか?  

20歳のころ、香川県直島のレストランで1年ほど住み込みアルバイトをしました。直島島全体美術館、展示作品の境界が曖昧になっています。環境や景観、歴史といった島そのものの固有性と、作品が合わさって、場所と作品が切り離しがたく結びついていると言ってもいいのかもしれません。サイトスペシフィックアートと呼ばれている芸術表現の系譜にあたるものですが、作品とそれが展示される場所の間に立って仕事をしているキュレーターという職業をここで知ることになりましたもともと現代美術に興味あったのですがなかなか自分との関係を見いだせていなかったので、その仕事に興味を持つようになりました。 

―なるほど。では、山口に来るきっかけは何だったのでしょう? 

直島に住んでいた2004年、YCAM世界的に有名なアーティストグループの公演があったのでに来たんです。そのときに、YCAM実現している施設や展示、公演に衝撃を受けました直島の後、ヨーロッパなどを放浪してキュレーションについて学ぶため多摩美術大学に入りました。大学に入ってからも、東京から折に触れて、夜行バスでYCAMに通っていました。学部4年のときには実験的な活動がどのように実現されているのか現場を見たくて、学芸員実習の機会を利用して2週間、インターンとして勉強させてもらいました。 

西さん

ヨーロッパ放浪中の西さん

国内外から注目される文化施設 

―ずいぶん惚れ込んだんですね。 

学生時代はいろんな美術館などの文化施設訪れましたし、インターンやアルバイトもさせてもらいましたが、他の文化施設と違うユニークな活動を続けていたので、ずっと注目していました。これほど多様で、実験的な表現活動に応えられる施設は全国的にも珍しいと思います。大学院修士課程29からYCAMでの仕事をはじめ、修士論文の研究と執筆があったのですが、山口で論文を書きながら仕事ができると思って、移住しました 

―フリーになられてからも東京などではなく山口を拠点にされているのは、何か理由があるのですか?  

確かに文化芸術に関わるフリーランスの方で、東京などの大都市で仕事する多いです必ずしもそうしなければいけない訳ではないですよねせっかく組織に所属せず、個人で仕事をしていくなら、仕事の仕方も自分のスタイルを作った方がいいように思いました。あとは継続してYCAM事業にも関わらせてもらっているので、近くに住んでいるのが何かと都合がいいです。肩書きや住む場所もそうですが、仕事や社会の形に自分を合わせるのではなく、その逆になったらと思っています 

外観

山口情報芸術センター[YCAM]

それと、この山口市という環境の魅力もありますね 

山口に感じる暮らしやすさ 

―どのような魅力ですか? 

この街には、一人一人に十分な空間の広さが与えられているように感じます即物的に考えすぎかもしれませんが、物や人との実際の距離が、考え方や感情にも作用していると言えるのかもしれません。互いに尊重し合えるほどの距離を保つことができていることで、結果的にヒステリックにならず、他者に対して寛容で、住みやすい街の雰囲気が生まれるのかもしれない、と感じています 

すべての学校で「未来の運動会」を 

―そんな山口市で、これからやっていきたいことはありますか? 

山口市の各学校、各地域運動会全て未来の運動会」形式になったら、とても面白いだろうなと想像しています。現場の先生のなかにも興味を持っている方は少なくないので、ちょっとずつでも「スポーツは作れる」という意識が広がっていくと嬉しいですね。そういう小さな成功体験を元に、自分たちの生きる環境を自分たちで作れる、という動きがたくさん出てくるといいなと思います。 

西さん

―最後に、幅広く世界を見てきた西さんにとって、山口市、または山口県はどのように感じられますか?「山口は保守的」と思われる方も多いようですが。 

個人的にはんなふうに感じませんというかそもそも保守的なのは自然な状態とも言えますよね僕自身も日常生活に変化や不安定要素を進んで取り入れたくはないですよ(笑) 

ただ、そこに揺さぶりをかけないと単純に飽きてきたり、多様性がなくなって行き詰まってしまいます。だからどこかで風穴を空けておく必要があるんじゃないかと思います日常に揺さぶりをかけ、当たり前だと思っていることに疑問を投げかけるのが現代の文化芸術の役割のひとつだと思っています望むと望まざるにかかわらず、変化が激しく、「変わりたくない」「変われない」という気持ちが高まるのは、今の社会では仕方のないことかもしれません。だとしても、ちょっとした工夫や発見から、変わっていくことの楽しさや、変われたことの喜びを見つけられるように、みんなで試行錯誤していきたいですね。 

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●西 翼さ 

和歌山県出身。自由の森学園高校卒業後、循環型有機農法を通して農村リーダーの育成を行うNGO1年間ボランティア活動。香川県直島でアルバイト後、ヨーロッパ、アフリカを放浪。ベルリンに1年滞在し、帰国後、多摩美術大に進学。2012~17年、YCAMに勤務。その後、フリー。山口市在住。

●山口情報芸術センターYCAM
山口市にあるアートセンター。最新の映像装置などメディア・テクノロジーを備え、芸術表現、教育プロクラムの制作、地域課題の解決といったさまざまな活動を展開。映画館、図書館なども併設している。2003開館。 

 

執筆時期:2020年2月
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