こりっとした噛みごたえとともに、発酵食品特有の香りが口いっぱいに広がります。しかも甘みがあり、酸味はまったく感じられません。
山口県山口市の南部、阿知須(あじす)地域に伝わる大根の漬け物「寒漬(かんづけ)」。かつては各家庭で作っていましたが、農家の高齢化や後継者不足を背景に、いま生産・販売しているのは3軒のみ。そのうちのひとつ「あぐりてらす阿知須」は昨年末、味付けやパッケージを工夫し、お土産にもなる寒漬を新たに発売しました。「この香りと甘みが懐かしくて」と、10袋、20袋とまとめ買いするお客さんもいるそうです。

商品化した寒漬。伝統の味(左)と、薄味の2種類がある
あぐりてらす阿知須では、長尾誠大代表を中心に32ヘクタールの広大な農地で稲を作っています。寒漬などの加工品は、農閑期の冬場の仕事として妻の智美さんが担当しています。
10日間塩漬けした大根を、さらに10日間天日干しした後、専用のローラーで平らに。再び干して、またローラーに……という工程を2ヶ月間繰り返します。続いて1ヶ月から1ヶ月半ほど陰干しして、最後に袋に入れて密閉。半年以上しっかり発酵させて、ようやく完成します。取材に伺ったときは、陰干しを始めたばかりでした。

陰干しした大根を手入れする智美さん
「うちでも、私が嫁にくるずっと前から自宅用として少量を作っていたそうです」と智美さん。商品化を本格化したのは9年ほど前から。ずっと寒漬を作ってきた地元の漬け物店が廃業し、ローラーなどの専用器具一式を譲り受けたのがきっかけでした。現在、寒漬用に大根約9000本を栽培しています。
ソウルフードの味を求め、何度も試作
乾いた状態のものを地元の道の駅で販売していましたが、「味付けしたものがほしい」との声を受けて、2年前から準備を始めました。ただ、智美さんは新潟出身。どのような味なら阿知須の人たちに受け入れてもらえるか分からなかったそうです。
当初から、しょうゆは伝統製法を復活させた桑田醤油(レポート記事はこちら)の本醸造を使うことを決めていました。一方で、寒漬特有の「甘さ」には最後まで悩みます。「お酢じゃなく、みりんと砂糖で味を調えるんです。地元の人からは『もっと甘くていい』と言われ続けて。甘い漬け物に慣れない私は戸惑うばかりでした」
農漁業者や加工業者などでつくる「山口市南部地域特産品開発会議」(以下、特産品会議)のメンバーにも10回以上食べてもらいながら、昨年末、ようやく「これだ!」という味に。地元の道の駅などで発売を始めました。
故郷を離れて東京などで暮らしている人からの注文も。「なかには、『懐かしいから』と、10袋、20袋とまとめて送ってほしいとの声も。寒漬って、ここのソウルフードなんだって実感しています」
ピクルスも12種類

あぐりてらす阿知須提供
地味な色合いの寒漬と対照的に、カラフルなピクルスも人気商品のひとつです。
地元特産のくりまさる(かぼちゃ)、県オリジナル野菜はなっこりーや、トマト、ブルーベリーなど、1年を通じて12種類を生産。きっかけは2018年の「山口ゆめ花博(全国都市緑化やまぐちフェア)」。花博を前に、「おしゃれで見栄えのする新商品を」と、特産品会議のメンバーとアイデアを出し合いました。味だけでなく、きれいに見える素材の切り方や、中身を際立たせるための瓶選びなどにも時間を掛け、発売までに半年を要したそうです。
こちらは道の駅だけでなく、山口宇部空港やJR新山口駅などでも販売。近々、岩国レンコンと美東ゴボウのピクルスも商品化する予定です。
かき餅も、お土産に変身

あぐりてらす阿知須のかき餅
さらに、主力作物である米を使った商品も。それは、かき餅。薄く切った餅を3日~1週間ほど乾燥させた保存食です。湿度の関係から、最高気温が15度以下の冬場にしか作れないため、取材に伺ったときも従業員の方が作業の真っ最中でした。
以前から販売していたものを、2018年にパッケージを新装。商品の裏には「焼く ストーブに乗せて、またはトースター1000Wで5~7分」「揚げる 600Wのレンジであたため180度前後の油で4~6分」など、美味しく食べるコツも紹介しています。
「かきもちは知っていても、最近は食べ方が分からない人も多いので。私自身は揚げて食べるのが大好きです」との智美さんのお話を参考に、自宅で揚げてみました。本当に芳ばしく、カリッカリに。これはちょっとしたおやつにぴったりです。
「熱量」が加工品を輝かせる
これまでに3種類の加工品を手がけた智美さん。振り返ってみて特に「大事だな」と感じていることがあるといいます。それは「作り手の熱量」を伝えること。
「どういう思いで作っているものなのか、文化的な背景も含めて伝えられるように心がけています。食べ方のヒントもあれば、イメージも膨らみますよね。そうした作り手の熱量が、『買ってみよう』『贈ってみよう』という気持ちに繋がっていくのだと実感します」

ピクルスのリーフレット。素材や商品への思いが綴られている
屋号の「あぐりてらす」には、アグリカルチャー(農業)の未来を照らし、テラスのように人が集まる場にしていけたら……という思いを込めています。

あぐりてらす阿知須のロゴ。「米」という文字が、光のように周囲を照らしている
智美さんは、「これからはお米のお菓子も商品化していきたい。農業の新しい可能性を、ここからどんどん発信していけるように頑張ります」と話しています。

商品を手に「農業の未来を照らすような活動をしていきたい」と話す智美さん
執筆時期:2020年2月
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} ?>住所|山口県山口市阿知須1517-1
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