「これはルッコラの花。蜜の甘さもあって、美味しいんですよ」

ルッコラの花
白い小さな花を口に含むと、ルッコラの風味を追いかけるように、蜜のかすかな甘さがやってきました。
「こっちは大根。その間にあるのはニンジンです。コンパニオンプランツと言って、一緒に植えると生育にいい影響を与えあうんです」。モンシロチョウが飛び交う畑を見回しながら、園主の板山弘平さんは静かに語ります。

大根の花とニンジンが仲良く植えられている
ミミズも、虫も、微生物も大切に
山口県山口市。周囲に田畑が広がる仁保地区に、板山さんの「イタヤマノウエン」はあります。自宅に隣接する約40アールで取り組むのは、農薬や化学肥料を使わない循環型農業。刈り取った草を堆肥に、土のなかの微生物やミミズも大切にしながら、季節ごとに様々な野菜を育てています。
そんな板山さんは昨年3月まで、農薬や化学肥料を使う慣行農法を教える仕事をしていました。山口大学農学部を卒業後、山口県内のJAに就職し、農業指導員に。2012年に結婚後、次第に「家族と心豊かで楽しく穏やかな暮らしをしたい」との思いを抱くようになったそうです。「でも、当時は自分が農業をやるとは考えていませんでした」。それが2015年の長男誕生をきっかけに、意識が変わっていったと言います。
次の世代、そのまた次の世代のために
「子どもたちが生きていく未来や、さらに孫の世代のことまで考えるようになりました。彼らのために、より良い環境を残していきたくて」。2018年秋、現在の場所に自宅を新築。持続可能な循環型農業をスタートさせます。2019年3月には17年間勤めたJAを退職し、農園主として独立しました。

イタヤマノウエン。自宅と店舗を兼ねている
ただ、理想とするライフスタイルは現在も「試行錯誤の真っただ中」と明かします。
「土にすむ微生物や虫の多様性などが鍵となります。でも土のなかの状態は見えない。なので、そう簡単にいいものはできません。まして商品として売るとなると、一層厳しいものがありますね」
加工、販売に加え、学習の場としても
農園は、体験学習の場としても開放しています。
畑のなかに点在する「すたーと」や「A」「B」、矢印マークなどが書かれた立て札。「これはノウエンクエストの道順です。どんな環境で、どんな風に野菜が出来ているのか。畑のなかを観察しながら、日ごろ食べている野菜の背景を体感してもらいたくて。食について考えるきっかけになったらいいなと考えています」
6次産業化にも取り組み、昨年11月には自宅の一画に直売所を開設。ニンジン、大根とロマネスコ、しその実など農園で採れた野菜のピクルスが並んでいます。県内の生産者による無農薬栽培のレモンや米、無添加食品なども。今後、野菜スープなど飲食の提供も予定しています。

直売所「pantry」。英語で食糧庫を意味する

板山さんの農園で採れた野菜でつくったピクルス
循環型農業を実践する板山さんですが、農薬を使う一般的な農業を「否定するつもりはない」と言います。「食糧を確保するという国の考え方からしたら、できるだけ大規模に、たくさんつくるという方向に進むのは理解できます」
ただ、そういった食べ物しか知らず、ほかに選択肢がないというのはおかしいと板山さんは感じています。「それぞれの農業の背景や作り方、その影響まで理解した上で、皆さんが選択できるよう、今までのキャリアも活かして広く啓蒙していきたいと思っています」
「半農半X」「小さい農業」「自給農」で、誰もが食に困らないように
大規模農業については、別の観点からの懸念も。
「震災や新型コロナウイルスの世界的流行など、このところとんでもない大事が頻発していますよね。何かの理由で大規模農業が立ちゆかなくなるという可能性はゼロじゃない。じゃあ、そのときに食糧はどうするのか。もし多くの人が、それぞれに可能な形で小さく農業に関わっているなら、下の方から国の食糧を支えることに繋がり、いざというときに食糧難を回避できると思うんですよね」
では、どうすれば「多くの人が誰もが農業に関われる」ようにできるのでしょうか?
板山さんは「農業だけで暮らしを支えるのは非常に難しい」と考えています。しかも生活を維持するために収量を増やそうとするなら、農薬や化学肥料を使わざるを得なくなり、慣行農法と変わらなくなっていくとも。
「環境に配慮した農法をしつつ生活するなら、農業以外のスキルで収益を得ながら農的な暮らしを維持する『半農半X』というスタイルが現実的。作物の加工や調理でもいいし、まったく違う分野の仕事でもいい。小さな農地で食材を育てつつ、生計を成り立たせる仕組みですね。」
そのためには、必ずしも職業として関わらなくてもいいとも。
「空いている農地を借りてもいいし、庭の小さなスペースでいい。ベランダのプランターだって野菜はできます。農家じゃないと農業はできないという固定概念を覆して、それぞれが出来るところからの自給を始めることを勧めたい。そのひとつの実践モデルに自分がなれたらと思って、これからも模索を続けていきます」

しその実のピクルス
板山さんの言葉を思い出しながら、自宅で「しその実のピクルス」をいただきました。しそのさわやかな香りとリンゴ酢の甘酸っぱさが口のなかにさっと広がり、消えていきます。「こうして丁寧に作られた素朴な食を楽しめる日常は、どれほど有難いのだろうか……」。そんなことを考えながら、プチプチとした小さなしその実をゆっくりと味わいました。
執筆時期:2020年4月
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