山の木々に覆われるように佇む、一軒の家。入り口には、「ケアハウス伝(でん)」との看板。玄関では木彫りの犬が立ち上がってこちらを見つめています。
ここは山口県山口市にある老犬ホーム兼ペットホテル。中に入ると、「クゥーン、クゥーン」と鳴きながら、真っ白いワンちゃんが迎えてくれました。
「この子はあすか。うちに来て2年になる看板娘です」。オーナーの郡 真美さんが、あすかちゃんをそっと抱き起こしながら教えてくれました。「足が動かないので、ずっと寝たきり。おそらく神経の病気だと思います」

あすかちゃんの世話をする郡さん
取材に訪れた日は、あすかちゃんのような長期滞在の子のほか、ペットホテル利用のショートステイや里親募集中の保護犬など、あわせて11頭がいました。
緑に囲まれたドッグランで、元気に
敷地内にはドッグランも。明るい日差しの下に出ると、じっとうずくまっていたワンちゃんも思い思いに歩き回り始めました。
なかには、来たときよりも元気になる子もいるそう。「自然豊かなここの環境と、ほかのワンちゃんたちの存在がいい刺激になるのだと思います」と郡さんは言います。
「伝」が2017年春にオープンして、3年半。これまでに長期で約50頭を預かり、うち20頭近くを看取ってきました。
進む犬の高齢化と認知症
預けられる理由はさまざま。なかでも、近年増えているのが犬の長寿命化による飼い主の介護疲れとのこと。老衰のため身体が不自由になり、飼い主がつきっきりで体勢を変えたり、水を飲ませたりする必要も。
「特に認知症の犬は大変です。夜泣きがひどくて飼い主さんは眠れず、近所迷惑になるから車に乗せて静かなところに連れ出すという方も。そんな終わりの見えない毎日が続き、『精神的に破綻しそう』とやむなくここへ連れてこられるケースも珍しくありません」

預かっているワンちゃんの部屋。それぞれ木製の個室で過ごしている
取材中にも「ワンワン」という声に混じって、聞き慣れない「フォー」という絶叫のような鳴き声も。認知症となった犬特有の吠え方だそうです。
郡さんも開業当初は何ヶ月も泊まり込んで介護をした経験があるといいます。そんな大変な仕事を、どうして始められたのでしょうか?
近所の犬を可愛がったり、預かったり。生来の犬好き
美祢市出身の郡さんは、物心ついたころから犬が好きでした。
「近所で飼っている家を巡って撫でさせてもらったり、飼い主が旅行に行っている間に預かったりしていました」

朝と夕方はお散歩タイム。あすかちゃんは専用のカートに乗って景色を楽しむ
初めて自宅で飼うことを許されたのは高校生のとき。譲渡会で出会った雑種の子犬を家族として迎え入れました。
社会人となって関西や関東などで働き、しばらく犬との生活から離れていましたが、15年ほど前に転機が訪れました。
当時、周南市で暮らしていた郡さんは、海沿いの工業地帯を散歩中に野犬の群れに遭遇。そこにはたくさんの子犬もいました。「なんとかしたい」と思い、周囲の人の協力も得ながら子犬を保護し、譲渡会へ連れて行きました。
「ただ、もらわれなかった子は保健所行きになってしまうんです。犬たちは全然悪くない。捨てた人間たちの責任なのに」
「犬たちを救いたい」。想いを共有する人たちが協力
「自分にできることからしよう」と決め、保健所に収容された犬の里親探しを始めるように。そこで犬の高齢化の現実に直面します。
老犬の場合、里親が見つからないことも。そのため「一つの選択肢として、老犬ホームが作れたらいいのに」と物件を探し始めました。思いに共感した友人から紹介されたのが、いまの元民家でした。
床の一部が抜け落ちているほど老朽化していましたが、近所の大工さんや住宅設備メーカーの方など、老犬ホームの主旨に賛同する人たちの協力を得てリフォーム。1年ほどでドッグラン付きの施設に生まれ変わりました。
老犬ホームそのものが世の中に浸透していないため、開業当初は利用者が少なかったものの、口コミで少しずつ広がっていきました。
「いざ」というときの安心の場所に
最近は、「もし自分になにかあったら、お願いできますか?」「こういうとき、どうしたらいいですか?」といった犬に関する相談を受けることも増えているそうです。
「いざというときに頼りになれる場所があるというだけで、日々辛い思いをされている飼い主さんにとっては大きな安心感となるでしょうから」と、可能なかぎり対応を続けています。
そして、「ギリギリまで我慢しないで」と郡さんは訴えます。犬の介護施設は全国的に増えつつあるものの、まだ知られていないため、ひとりで抱え込んで自分が病院にいくことさえ我慢している飼い主も少なくないとか。
「こうした施設に一日だけでもワンちゃんを預けて、リフレッシュしてほしい。それだけで、次の日からまた笑顔で頑張れると思うのです。『ワンちゃんも人も、いつまでも幸せに過ごせますように』。この想いを、ひとりでも多くの飼い主さんに伝えていけたら嬉しいですね」。郡さんはそう願っています。
執筆時期:2020年10月
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