このインタビューは12月某日、山で汗を流した後(第7話参照)に行われた。バンカーズファームの3人(植木・三草・笹木)が師匠の梅川さんと一緒に晩御飯を食べると聞きつけたからだ。
「ワサビ作りを始めて半年経ったバンカーズファームが何を感じ、今、どんなことを考えているのか」を探るべく、ここいろ副編集長のマサミが末席を汚しつつもズケズケと根掘り葉掘りした全記録である。
(なお、座談会は消毒・換気を十分に行い、コロナ対策を徹底。写真撮影は漫画家・ヒロスエが担当した)
バンカーズファームの想定外
――マサミ(以下略):まず2020年を振り返っての率直な感想をそれぞれお話しいただけますか?植木さん(代表取締役)からお願いします。
植木:もう、あっという間でしたね。梅川さんとお会いして約1年、こっちに来て半年ですか。うわっ、早いな〜(笑)……まあ、それでも、いろいろありながらも、なんとか苗を植えることができた。これはもう梅川さんをはじめ、ここにいる2人(三草、笹木)のおかげです。感謝しかないです。

植木さん
――いろいろあったけど、当初の予定通り進んだ?
植木:いえ、全然です。想定外だらけで、営農(ワサビ栽培)以外のことが思ったようにできませんでした。あらためて、農業はそう簡単ではないってことを実感しています。それも当たり前で、梅川さんもそうですし、皆さんすごく考えられて農業をやっている中でも、難しい局面がまだまだある。我々が追いつくにはどれだけやっていかないとって話で。私が80歳までやってもあと40年……はたして年数は足りるのか?という不安すらありますよ、今の段階では(笑)。どうしたら会社として継続的に回せるか、それをずっと考え続けています。
――三草さん(営業・総務部長)はいかがですか?
三草:本当にあっという間でした。1日が24時間じゃ足りません。社長の言う通り、営農以外の新事業でどんどん芽を出さないといけないんですが、それができませんでした。というのも、営農がしっかりできていないと次のステップにいけないんです。コンサルをやると言っても、自分で育てたことのない人に耳を傾ける人はいないですし、販路開拓でスーパーに営業へ行ってもまず「あなたが作った物を持ってきてくれ」と言われます。

三草さん
――ワサビのどの部分をスーパーに卸すんですか?
三草:いえ、ワサビの裏で作るトマトを卸す予定です。ワサビは夏前に収穫して、秋に苗を植えるので、その間ビニールハウスが空くんです。5年後に営農で売上6,000万円を目標にしているんですが、その半分はトマトを当て込んでいます。マーケットインで、スーパー側が欲しい売れる品種を作ろうと思ったのですが、そうしたニーズは聞けませんでした。どこに行っても、「で、あなたの作ったものは?」という感じで。現物がないと何も始まらない。新事業の創出や販路開拓はもちろん重要ですが、やはり営農で実績を積むことの重要性を改めて感じました。
――なるほど。笹木さん(生産管理部長)はいかがですか?
笹木:想定外というよりも、そもそも想定が甘かったと思うんです(笑)
植木:想定できないよね(笑)
三草:したつもりなんですけど、空想でしかなかった(笑)
笹木:もちろん頭の中ではシミュレーションはするんですが、実際にやり出したらあれ?これは?あれは?となるんですよね。それは、なりますよね。
三草:ファンタジーですから(笑)

笹木さん
――なるほど(笑)。では、一番想定が甘かったと思われるのはどこですか?
笹木:う〜ん…一番のトラブルは何かと言われたら、確実に山の契約だと思います。

バンカーズファーム第7話より
植木:そうだね、人違い(笑)
梅川:どんでん返しがあったけね(笑)
笹木:そもそも国定公園(編集注:バンカーズファームが借りた山の一部は国定公園に指定されている)の使用申請からも困難続きで……
三草:うんうん。
植木:そもそも山を借りてやるという人がいないですからね。
山でもワサビを育てる理由
――ええっ、そうなんですか!梅川さんはバンカーズファームが山を借りて育てると聞いたとき、どう思われたんですか?
梅川:いや、私が勧めたんですよ(笑)
植木:梅川さんの、山を持っておかないと「産地化」できないという観点からやることにしたんです。
梅川:理由はいくつかあって、まず、山で作っていると自分で苗を作ることができます。種が採れるから。ただ栽培期間が長く、収穫までに1年半〜2年かかります。一方、ハウスの栽培期間は約半年で、裏作もできる。農業経営としてはその方が理に適っている。
ですが、山でも作ると生産コストを圧倒的に低く抑えられるんですよ。また、夏でも冬でも収穫できるので季節需要もあります。手間もかからないしいいよと勧めるんですが、寒い時の作業とか短期間で収入が上がらないなどの理由でなかなか若手の就農者がやってくれない。

梅川さん
――長い目で見たら、山があった方が低コストで高収益になるということですよね?
梅川:そうです。ずっと苗を仕入れ続けないといけないというのは、それほど大きな負担になります。市販されているバイオ苗は一本でだいたい160〜230円ぐらい。それを育てて売っても元が取れるんかな?という感じです。うちの実生苗(種から育てた苗)は30円ほどで出していますが、それでもその負担はないに越したことはありません。
失敗してからがスタート
――バンカーズファームが来て半年になりますが、3人の動きをみてどんな印象を持たれてますか?
梅川:農業の形が変わるな、と感じています。ずっと変えていかなければいけないと思ってたんですが、この半年の働きぶりを見て確信しました。バンカーズファームは今3人の社員ですが、私は農場に出たら4人のファーマーがいるぞという気持ちでいます。この取り組みをぜひ成功させたい。そのために私の持っているものはすべて提供していこうと思っています。まぁぶっちゃけた話、当初はこのペースでどうやって苗を植えるとこまで持っていくんかなと思ってましたが(笑)
――バンカーズファームは元銀行員で、農業はほぼ素人です。そこに不安はなかったのでしょうか?
梅川:これまでたくさんの研修生を受け入れてきましたが、そのほとんどが非農家です。そして卒業するときに決まって言うのは「失敗しろ」です。新しい圃場(ほじょう)でのワサビ栽培は、必ず失敗します。失敗してからがスタートです。私も35年間この土地で農家をしておりますが、今でも失敗はありますし、作り方をそのつど変えています。ワサビは繊細な作物で、研究データがないに等しい。ないことはないですが、環境が少しでも違ったら通用しません。バンカーズファームが最初に苗を植えたハウスもそうですよね。
植木:草引きしてもらった畑です。
梅川:なぜあの畑だけ雑草が伸びたのか。苗植えの時期が一週間ずれただけでぜんぜん違う。この一週間に何があったか?気温が下がったのか、上がったのか?陽のあたり方はどうだったか。水の管理は、土壌は、肥料の成分は?すぐ隣のハウスといったい何が違うのか。それを分析して次に生かす。その積み重ねが農業です。
植木:ありがたいことに、僕らはまだ失敗できるんです。
笹木:そのために土づくりはハウス毎に変えていて、現時点で7パターンありますからね。初年度はとにかくいろいろ試してデータを蓄積するつもりです。
植木:僕はあの芝生は一つの成功だなと思っているんですよ(笑)
三草:新しい農薬も試せましたしね。
笹木:イネ科のみに効く遅効性の農薬ということなので、まだわかりませんが、もし効果があれば……
植木:水田転作には必須の農薬になります。
三草:既成概念というか、多少の知識があったら、あそこまで雑草を放っとかないと思うんですよね(笑)

バンカーズファーム第6話より
――少し手伝わせてもらいましたが、「地道」を絵に描いたような作業で……植え替えた方が早いとは考えなかったんですか?
笹木:そうおっしゃる農家の方もいました。効率を求めたら、そうだと思います。とは言っても、あそこが初めての畑で、僕らの初めての子どもなんです。愛着がある(笑)
三草:そうそう(笑)。それに、理論通りじゃないこともしたいじゃないですか。
植木:それができるのが今の僕らなんです。役割だとも感じています。もちろんビジネスなので最終的にきちんと収量はあげないといけない。こうした無謀なトライも梅川さんの下支え、長年積み重ねてきたノウハウと経験があるからこそできることではあるんですが。
なぜ「ワサビ」だったのか?
――最後に、ワサビの可能性についてお聞きします。なぜバンカーズファームはワサビを選んだのでしょうか?
植木:まず前提として、バンカーズファームの使命は「地域のためになることをビジネスにする」です。そして山口県は農業従事者の高齢化率全国ナンバー1の課題先進県です。ここ錦町もかつて本ワサビの一大産地でしたが、高齢化と後継者不足で衰退の一途を辿っています。背景には安い輸入品におされてmade in japanの本ワサビが廃れていったことが挙げられます。
それが食品表示法改正により、2022年4月から「原料原産地表示」が義務づけられることになったのです(現在は経過措置期間)。例えば、市販のワサビチューブは、本ワサビと書いてあるものでもその多くは中国産です。それが1年半後には「本ワサビ(中国産)」と明記しなくてならない。そこで今、水面下で多くの食品加工メーカーが国産のワサビを求め始めています。「本ワサビ(国産)」と表記するために。今後、需要は間違いなく高まるでしょう。ここにビジネスチャンスを見出しました。
――なるほど。国産の本ワサビには大きな商機があるということですね。
バンカーズファームが見据える未来
植木:先ほど三草が売上目標は6,000万円とお話しましたが、じつは営農以外でプラス2億4千万円、5年後に総売上3億円を目指しています。
――営農以外で?
植木:はい、そこでキーワードとなるのが梅川さんのおっしゃっていた「産地化」です。本ワサビの一大産地として地域のブランド化を図る。農業一本ではなく、食品加工、観光サービスといった2次、3次を含めて、産業と雇用を生み出していければと考えています。まだ未確定なことも多く、詳しいことは言えませんが、すでにいくつかのプロジェクトは動き始めています。簡単なことではないことは百も承知ですが、地域創生の新しいモデルをここから本気で作りたいと思っています。
――そのための一歩であり、基盤が「営農」である。
植木:そうです。まずここを軌道にのせなければ始まりません。その上で梅川さんがストックしている経験や知恵、僕らのチャレンジをデータ化して誰にでも引き継げるようにする必要があります。これが僕らの、当面のミッションです。
――ありがとうございます。植木さんがこのインタビューはいつ終わるんだろう?という目をされたので(笑)、この辺で終わりにしたいと思います。本当にありがとうございました。
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この後も話は尽きず夜更けまで座談会は続いた。これらの話はまた追々。
漫画『バンカーズファーム』もいよいよ折り返し。ワサビの収穫は無事できるのか?後半戦もお楽しみに!

おまけ。三草さんが作ったワサビ漬け
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