「魅力のある農業のモデルになりたい」
そんな想いを胸に、元海上自衛官の男性2人が、山口県岩国市で新たなチャレンジを続けています。農業法人デナリファーム。瀬戸内海を見下ろす山の斜面にあるビニールハウスを訪れ、代表の平岡誠さんに話を聞きました。
泥臭い農業をスマートに
「まあ、ひとつ食べてみて下さい」
ハウスに入るなり、平岡さんから摘み取ったばかりのイチゴをいただきました。
甘い香りが口いっぱいに広がっていきます。大きさの割に水っぽさがなく、しっかりと果肉が詰まっています。
「余分な水分を与えない高設土耕栽培だから、この味が生み出せるんです」と平岡さん。ハウスは全9棟、計23アール。各ハウスの温度、湿度、日射量、二酸化炭素量などはコンピューターで制御。ハウス内は設定数値に自動調整されています。

各ハウスの状態をチェックする平岡さん
観測データはすべてクラウドへ集約。近隣イチゴ農家5軒ともデータを共有し、より良いイチゴができるように互いに研究を重ねているそうです。
「単独でなく、みんなで勝ちに行くという考え方。泥臭い農業と最先端の科学技術を使うことで、より工業的に、スマートに生産性を高めていくつもりです」(平岡さん)
「ビジネスとして成り立つ農業を」
さらに詳しいお話を聞くため、ハウスの近くにある事務所へ案内していただきました。すると、そこには自衛官時代の数々のワッペンが。
そもそも、どうして自衛官から農業へと転身したのでしょうか?
平岡さんと、共同経営者の野間佑平さんは、いずれも愛媛県出身。高校時代からの友人で、自衛官となってからも、一緒に登山やバックカントリースキー(ゲレンデではないエリアを滑り降りる山岳スキー)を楽しんでいました。
平岡さんは市民農園を借りて週末ごとに野菜づくりにも挑戦。「食べるというより、栽培すること自体が面白くて」。いつか農業で自立したい……。そんな夢を野間さんにも語っていたそうです。

農業を始めたきっかけなどを語る平岡さん
結婚し、子どもを育てるなかで、平岡さんは「農業じゃ食べていけないってよく聞くけど、どうしたらやっていけるのかをしっかり考えて実践すればいいんじゃないか」と思うように。家族の理解もあり、農業で生きていく道を現実的に考えるようになりました。
「といっても、やはり不安は大きかったですね。本当にリスクを冒してでもやってみたいのかと。そこから2年間、農家や農業法人などに出向いて話を聞きながら、具体性のある方法を探っていきました」
気持ちが固まったことを野間さんに伝えたところ、「それなら、自分もやろう」とともに退官。平岡さんの最後の赴任地だった岩国市で1年半の農業研修を経て、2019年12月、「デナリファーム」を立ち上げました。
会社名のデナリは、2人がいつかスキーで滑降することを夢見る、アラスカにある憧れの山に由来しています。

デナリファーム提供
仕事は完全分業。経営・営業面は平岡さん。栽培は野間さんの担当です。平岡さんはビジネスとしてしっかり回していくため、経理や事業計画などの知識も身につけてきました。

栽培担当の野間さん。「丁寧に育てた作物を出荷するときは嬉しいですね」
限界集落の農地も復活
経営ビジョンのひとつとして掲げている「中山間地域の農地の有効活用」。こちらは、すでに実績をあげています。
同市内の山間部にある限界集落。9世帯に15人程度が暮らし、最も若い人でも70代という地域で、耕作されていない農地(5ヘクタール)のうち1ヘクタールを借りてサツマイモを栽培。1年目から11トンの収穫がありました。
「地域の方も花見に招待していただくなど、皆さん好意的に受け入れていただいています」と平岡さん。残る4ヘクタールの農地も借りる計画を進めています。
さらに、ここをモデルとして将来的には別の集落にも事業を広げる構想も。「集落の景観維持に繋がるだけでなく、農地がまとまっていると作業効率が高く、僕たちとしても有難いんです」
今後は食育事業も積極展開する予定。収穫だけでなく、植え付け、草とり、生育管理……など、栽培をトータルに経験してもらう年間プログラムを作成中です。
「手が汚れたり、腰が痛くなったり、寒かったり、暑かったりするなかで、やっとひとつの野菜ができる。その体験があれば、食物のありがたさと共に、もったいないという言葉の本当の意味も身体で分かると思うんです」
「魅力ある農業」のモデルを目指して
すべてに一貫して流れているのは、目標を定め、そこに向かって逆算して行動するという思考法。
「登りたい山を決めないと、なにも始まらないでしょう。しかも同じ山でも、ふもと、中腹、山頂とあり、どこを目指すのかによって装備品も違う。農業も同じなんです。ゴールをしっかりと見える化し、軌道修正しながらより良くしていくことが大切ですね」
理想と、計画と、実践。すべてを着実に進めているデナリファームが最終的に目指しているのは、どんな山なのでしょうか?
「それは、新しい時代の農業のモデルになることです」と平岡さんは明かします。「しんどい。お金にならんと言い続けていたら誰もやらない。ちゃんと儲かるようにして、現実的に経営しながら楽しく暮らしている姿を発信すれば、若い人も魅力を感じ、参入するようになる。その先駆けになりたいですね」
執筆時期:2020年12月
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