まだ電車もクルマもない江戸時代、物流船が担っていた頃の話。北前船の寄港地だった浜崎(山口県萩市)は、萩城下の港町として栄に栄えた。港近くの通りという通りには店がひしめき合い、毎日お祭りかのように無数の人が行き交う活気ある町だった。それから200余り。町にはかつての栄華を物語る木造建築だけが残り、その老朽化とともに賑わいを失っていった 

1998年、そんな状況を憂地元住民が立ち上がる。その名も「浜崎しっちょる会」。浜崎地区の観光ガイドをはじめ歴史的景観の保護・活用を目指す住民グループ今回浜崎しっちょるの立ち上げから関わり、現在事務局を務める岩崎政尚さん尋ね浜崎のこれまでと見据える未来についてお話を伺った。 

正座

「浜崎しっちょる会」事務局の岩崎政尚さん

生まれ育った土地、
浜崎の「おたから」を見つめ直す 

本日はよろしくお願いします。漫画詳しくはこちらでは大変お世話になりました。 

こちらこそありがとうございました。実物よりイケメンに描かれていて、お恥ずかしい限りです(笑) 

――今日は浜崎の今までとこれからについて詳しくお話を伺いたいと思っています。はじめに、浜崎しっちょる立ち上げ経緯を教えていただけますか? 

「浜崎しっちょる(以下、しっちょる会)」は、1998年にスタートしました。浜崎の町並み保存を目的に住民有志が集まって立ち上げたものです。始まってまもなく伝建地区(重要伝統的建造物群保存地区)を目指そうと動き始め、結成から3年後の2001年に選定されました。 

――伝建地区を目指して結成されたわけではなかっということですか 

そうです
しっちょる会は、山口弁のっちょるかい?」からきています。「浜崎を知ってますか?」ってことんですが、これ、実は外の人に向けての問いかけではないんです。 

――え!違うですか? 

はい。地元住民に向けて、でした。
しっちょる会が最初に取り組んだのは、現在も毎年5月に行っている「浜崎おたから博物館」(伝建地区に選定されてからは「浜崎伝建おたから博物館」に改名)というお祭りです。
江戸期から続く古い建物ばかりなので、当時使われていた商売道具や松陰先生の直筆の書など、それぞれのお宅にお宝が眠っている。そ、浜崎のことを自分たちが知るために家にどんなものがあるのかを1日限りで公開しませんか?と一軒一軒回って呼びかけて、開催してみです
そうしたら、お客さんが思いがけずたくさん来た笑)。しぶしぶ了承してくれた方も「こんなに来るじゃ」「浜崎にこんな値打ちがあるんじゃ」と喜んでくれて 

――住人からすると当たり前だけど、外から見たらお宝の山だった。 

ええ、自分たちの土地の魅力、浜崎の価値に気づいたです。「うちはどうでもいいやと断られた方から翌年には「うちにはこんなものあるよ」とだんだん参加する軒数が増えて、浜崎の外からやってくる人もどんどん増えていった。それでぼくらも含め意識が変わってきたです。 

人

高齢化、人口減少、空き家問題……
「このままだとゴーストタウンになる」 

――それが伝建地区として結実するわけですね。国からのお墨付きも加わる。 

伝建地区に選定されてこれで、この並み100年持つな安堵しました。でも、こからだったです。伝建指定されてからこの20年の間に亡くなる方が増えて、どんどん空き家になっていってしまった。主人不在になると、家も痛んで壊れていく。誰が直すかというと、持ち主しか直せないわけです。ほんの3前には「このままだとゴーストタウンになる」と話し合っていました。 

――この数年の間に何が起きたですか? 

いくつかあるですが、まず、新井達夫さん詳しくはこちらという鎌倉で事業を行う方が浜崎に入ってきてくれたこと大きかった
現在レストランとして改修中の「藤井家主屋」江戸期の建築物として大変貴重なものなんですが、老朽化がひどく、ぼくらには手に余るものでした。それを引き受けてくれた。「たった今、契約を交わしました」と新井さんから報告を受けたときはもう嬉しくて嬉しくてすぐにしっちょる会の会長に電話すると「ああ、これで助かった。本当によかった肩の荷が下りたようにホッとしていました。 

建物

現在レストランとして改修中の「藤井家主屋」

――なるほど、人との出会いで変わっていったですね。 

はいもう一つは、山口銀行の出張所が「萩市インキュベーションセンター詳しくはこちらに生まれ変わったことです。もうすぐで2年になるかな。一階には「山口大学サテライトラボ」が入り、若い人たちが出入りするようになった。
それも元地域おこし協力隊の吉田くんが管理人をやっているからでしょう。人生経験が豊富で人望も厚い。彼は日中ブラインドを閉めないです。前を通ると中で(若い人たちが)何かゴソゴソやっている姿が見える。そういう光景は今まで浜崎にはなかった。見ると元気になるというか、わしらも頑張らんと!って気になります
ほかにも、地域おこし協力隊の古富くんがしっちょる会のメンバーとして新たに朝市を開催してくれた空き家管理を行うIターンの平井くん詳しくはこちらゲストハウスを営む三田(さんた)くん、Uターンして蕎麦屋を開業予定の尾崎くんなど、みんな本当に面白い子たちで、それが町の活力になっています。 

――なぜ浜崎にそうした移住者が集まってきたでしょうか? 

本人たちに聞かないと分かりませんが、おそらくこの状態からではないでしょうか。ぼくらの目には絶望しか映らないのですが、彼らにはそれが可能性として見えている。話をしていると、そう感じることが多々あります。
浜崎は観光地ではなく、人が暮らしている生活の場です。だからこそ今まで開発の手入らず昔の町並みがそのまま残った。結果、衰退していったですが(笑)、今の若い人たちはそこに魅力を感じてくれているような気がします。 

やっと見えてきた明るい兆し。
目指すは生活とともにある観光地 

――最後に、これから浜崎をどうしていきたいのか?岩崎さんはどう思われているのか教えてください。 

まず、町並みを維持することに全力を尽くしたい。これから45年で空き家もどんどん出てくるので、そうした情報を取りまとめてきちんと提供する。使いたいという人がいれば、私たちが間に入って調整する。今までと変わりませんが、こからが正念場だと思っています
松屋生花店持ち主が取り壊したいとおっしゃって、ぼくらも朽ち果てた現状を見ているのでどうしたものかと困り果てていた。伝建地区になっているので、簡単に取り壊すことができないです。萩市にかけあったら、市が買い取って改修することになった。
昨年2回ほどワークショップが開かれ、40人くらいが集まって、その活用方法をディスカッションしました。ぼくの希望は人が出入りする施設にしてほしい、です。事務所でもなんでも構いません。ハコだけ立派で使われない施設ではなく、そこに人がいて、家に灯りがともり、生活している人がいる。町が生きるかどうか、やっぱり「だと思うので 

会議

「旧松屋生花店」の活用方法を話し合う、ワークショップの様子

――生活とともにある観光地を目指すということでしょうか?  

そうですね。先ほどもお話したように浜崎は観光地らしい観光地ではありません。ぼくはそれでいいと思っているです。古い並みを見るだけだったら、倉敷なんかと比べたら規模も小さいですし、そこまで魅力はありません。それに来られる方面白くないと思うです。
生活が垣間見えたり、土地の人と話せたり、浜崎がこれまでそうだったように、作られたものではなそのままの姿を見てもらう。そんな場所になれたらいいなと思っています。 

――土産物、飲食店がずらっと並んで、というのはちょっと違うわけですね。 

ええ。でも、ほんとは観光客来て欲しいですよ(笑)
なぜ浜崎が廃れていったかというと、ここで食べていくことが難しくなったからです。今、若い方が移住してきてくれて、町が少しずつ変わってきた。ただきちんと商売として成立しないと持続しません。
ぼくら世代ボランティアでいいです。今から若い人はそれではやっていけないこの町に入ってくる若い人食べていけるようにできて初めて魅力ある町になるじゃないかなそれが結果として浜崎の町並みを守り、次の世代へ引き継ぐことにつながるはずです
最近、しっちょる会のメンバーと「今、調子にのろう!」って話してるんです。これまで20数年いろいろ活動してきて、ようやく見えてきた明るい兆しです。「今やらないでいつやる」と 

笑顔

 

 

執筆時期:2021年3月
※本記事の情報は執筆時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接各スポットへお問い合わせください。
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浜崎しっちょる会
浜崎地区の観光ガイドをはじめ公開伝統的建造物の管理運営や古民家再生普及啓発活動を行う住民グループ。毎年5月に「浜崎伝建おたから博物館」、秋に「御船倉コンサート」「浜崎朝市」などの定期イベントも開催している。

住所|山口県萩市浜崎町77番地

TEL|0838-22-0133 

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