山口県山口市、徳地地区。野山に囲まれたこの地で800以上前から伝わる「徳地和紙」の制作と技術伝承を目指す女性がいます。徳地和紙ワークス代表、船瀬春香さん。東京でのOL生活から伝統工芸の世界に入って6年。船瀬さんにとっての和紙づくりの魅力について聞いてみました。 

カラフルな折り染め、
リゾートホテル全室の装飾に 

活動拠点としている民家の扉を開けると、色鮮やかなタペストリーが目に飛び込んできました。これ、すべて和紙。白一色のイメージしか持っていなかった筆者には、意外な光景です。 

布

「ちょっと触ってみてください」。船瀬さんにそう促されて触れてみると、紙というより、麻のようなしっかりとし手触りがありました。 

「このしなやかさが、和紙の特徴です。原料である楮(こうぞ)三椏(みつまた)の繊維の長さが、パルプとはまるで違う。染めると、美しく広がるんです」 

船瀬さんが主に取り組んでいるのは、「折染め」と呼ばれるこうした作品です。一種のアートとして飾ったり、インテリアの一部として使われたり。昨年は、長門市の湯本温泉に新しくできたリゾートホテルから依頼があり、全50室に作品を提供しました 

壁

リゾートホテルに飾った折り染め。右は千々松和紙工房の千々松友之さん(船瀬さん提供)

大変お世話になっている 千々松和紙工房 さんのもとにホテル側から相談があって、私も共同で制作させていただきました。んな大きなお仕事に携われるのも、ずっと地元で伝統を受け継いで来られた方々がいらっしゃるから。本当に感謝しかありません 

紙漉きだけじゃない。気の遠くなるほどの手間暇の結晶 

ただ、こうした華やかな側面は「ほんの一部」といいます。 

「和紙づくりの大部分は、地味で地道な作業を延々と積み上げることで成り立っています。たとえば皆さんがよくイメージされる紙漉きの場面。実はあそこに至るまでに、膨大な手間暇が掛かっているんです。きっと他の伝統工芸もそうだろうなと想像するようになりました  

船瀬さんによると、原料のは育てるのに1年。三椏3年もの時間を要します。収穫後は釜に入るサイズに切ってから蒸して、一本ずつ皮を剥ぎ、さらにの一本一本から外皮だけ包丁でこそげ落とす。ここまでは下準備で、実際の和紙作りはさらに10 以上の工程があり、紙が生まれるまで10日ほどかかります 

 

船瀬さんたちが楮を蒸し、皮を剥ぐ様子をまとめた動画 

「気の遠くなるような作業の連続。最初は『ウソでしょ』と思いました。でも、電気もガスもない時代に、人はこうやって知恵をしぼって紙をつくっていたんだと思うと、とても新鮮で。ものづくりの根幹に触れているがして、作業しながらいつも感動しています 

ものづくりの根幹に触れる——。船瀬さんが徳地和紙の世界に飛び込んだ大きな理由も、そこにあります。 

「いったい自分は、何が好きなのか……」
和紙づくりで出会った、本当の自分 

子供の頃から父親の仕事の関係で全国各地に引っ越しを繰り返した船瀬さん。社会人になってからの20年間、東京で暮らしていました。英語教育の会社やデザイン関連の非営利団体など複数の組織で勤務。最後4年間はジェトロ(日本貿易振興機構)スタッフとして、ケニアや南アフリカなど諸外国へ出張する多忙な日々を送っていました。 

人々

ジェトロで働いていた頃の船瀬さん(本人提供)

「いろんな仕事を経験しながら、いったい自分は何が好きなんだろうと模索していたんですそれが分からず、ずっとモヤモヤしていました 

そんなとき、「徳地和紙の伝統と技術の継承」を担う地域おこし協力隊の募集に出会います。「伝統を伝えるだけじゃなく、それをつくる側の人間にもなれる。これだと感じました 

2015年、徳地に移住。山口市指定無形文化財徳地手すき和紙技術保持者である千々松哲也さんに師事し、和紙づくりに取り組み始めした。 

やってみると、分からないこと、できないことの連続。悩みながらも続けていくうちに、ある大きな気づきが訪れます。 

外で体を動かしたり一人で黙々と制作に没頭したり。そういうのが自分は好きなんだって分かったんです。ただ、これはショックでもありましたね。それまでずっとパソコンを前にしたオフィスワークばかり続けてきたので20年間、向いてないことに時間を費やしてきたわけですから」 

機械

真剣なまなざしで折り染めをする船瀬さん(本人提供)

協力隊としての3年間の任期が終わるころには、師匠から「いい紙じゃの」と認められるまでに。2018年に起業して徳地和紙ワークス」を設立和紙づくりの楽しさと、折染めの美しさを伝えるため、同年に開催された「山口ゆめ花博」でワークショップを開催中国での「日本伝統工芸品展」に出展しました。 

「山が笑う」と、細胞も共鳴
ベスト3に入る大きな体験 

もちろん、ここまでの道のりは順風満帆だったわけではありません。技術面だけでなく、東京とは密度の違う人間関係や、自然の厳しさなどに馴染めず、落込んでしまうことも何度もあったと言います。 

特に、の寒さがすごくて。2年目にはそれがメンタルに影響してちょっと鬱っぽくなりました 

沈んだ気持ちを癒してくれたのも、同じ自然でした。「なんとか耐えていたある日、外を見ると見慣れた山の景色が一変していて。が近づいて、山の木々が芽吹きはじめです。命がぶわっと動き出して、こっちに迫ってくるというか……。『山が笑う』っていう言葉があるけど、まさにそんな感じでした」 

同時に船瀬さんの体にも変化が。「自分の細胞が共鳴して、喜んでいるのが分かったんです。その瞬間に、気持ちも回復してきました。これは、人生でもベスト3に入る大きな体験でした 

難しくても、非効率でも、
「好きだから、続けていける」 

人

紙漉きをする船瀬さん(本人提供)

和紙の世界に携わって6年。紙漉きの技術は「まだ全然へたなんです」と自嘲気味に話します。完成までに膨大な時間と労力がかかり、しかも需要も決して多いとは言えない世界。それでも続け理由を訊ねると、「う~ん、和紙づくりを通じて自分を知るということに大きな可能性を感じているから。和紙を通じてご縁や世界が広がっている手応えも喜びです」 と明るい声が返ってきました。 

それから、この環境が好きだから。山と月こんなに似合うなんて、東京にいたころには知りませんでした。童謡の世界がそのまま目の前に広がっている感じどんなに疲れていても、夜、一人で眺めている自然への感謝が湧いてきます。そして、また明日から徳地和紙伝えていこうって気持ちになるんですよね 

  

執筆時期:2021年4月
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