国内最高級を掲げるひじきが5月、新たに発売された。「山口県周防大島産 沖家室ひじき」。山口県周防大島町の南端に位置する離島、沖家室島周辺で採れるひじきの新芽だけを厳選し、商品化したものだ。 

パッケージ

「一般的なひじきとは別物」と言われるほど味や食感がよく、含まれる鉄分量も極めて高い。この商品、地元のひじき漁師が刈り取りから商品化まですべて手掛けているその一人、栄大吾さん(32)は政府系金融機関を辞めて2018年秋に東京からやってきた、脱サラ漁師。「過疎高齢化の進んだ地方こそ、最先端」と語る栄さんに、「沖家室ひじき」に寄せる想いや、過疎地の可能性などを聞いた。 

人

栄大吾さん(本人提供)

真冬の真夜中、命がけで刈り取った「魂のひじき」 

「沖家室ひじきに使っているのは、漁期序盤12月上旬のうちたった1日分の新芽のみ。午前1時ごろからヘッドライトを頼りに磯まで降り、岩に生えたひじきを鎌で刈り取っていくという 

「足場が悪いなかで、潮が満ちてくるまでに終えなければいけません。正直、命がけです」。そう栄さんは話す。  

刈り取りの様子

1トン前後の収量を運び、一旦乾燥。商品化する際には、まず水で戻し、その後水洗いを繰り返しながら塩を抜き、不純物を取り除く。続いて鉄釜でぐつぐつ煮立てていく。 

「煮上がったひじきはすごく香りがよくて、漁師がつまみ食いしてしまうほどです」 

 

煮上がった直後のひじき

最後に天日干しして、完了。もちろん、すべて手作業だ。 

気が遠くなるほど手間暇かけて生産しています。魂が宿ってるんですよね。大げさでなく、ほんとに。だからこそ、このひじきの美味さだけを純粋に評価してほしいんです」 

そんな大変な仕事を栄さんはなぜ選んだのだろうか 

「漁の師匠に出会って、自分もこの人のように生業をもって家業的な生き方をしてみたいと強く思い始めたんです。加えて『夜中に磯へ行って1トン近く収穫する』と聞いて、他の人はなかなかやらないだろうなと。リスクがなくてさっさと結果が出せるものは、他の人に簡単に取って代わられてしまうので、そんなものに興味はないんです」 

やると決めてからは師匠のもと、ひじきについて体で学んでいった。島の人たちが長い歴史のなかで大切に育んできた逸品。だからこそ、中途半端な気持ちでは始められないなと。ひじき漁師としてしっかりと情熱を込められるようになってから、商品化していこうと決めていました 

土地の人々を尊重し、現場で汗をかきながら「ここだけのもの」を生み出して行く。銀行を辞めて移住を決めた目的も、そこにある。 

「やったフリ」じゃなく、現場の実践者として生きたい 

栄さんは神奈川県横須賀市出身。大学卒業後は日本政策投資銀行に入り、大企業への融資などを担当していた政府系金融機関として地方創生など公的な事業にも携わることができ、「やりがいは十分あった」と振り返る 

パソコン

銀行員時代(栄さん提供) 

ただ、そのなかで少しずつ違和感が芽生えていったという
現場から遠く離れた場所で、仕組みを変えるとか、事例を横展開することばかり考えている自分が嫌になってきたんです。誰がどう実現させるのか。そこが抜け落ちた企画やアイデアほど無責任なものはないですから。何かをやったフリをしているのと同じじゃないかと 

地方で、現場の実践者として生きていきたい―。 

そんな思いがふつふつと湧き上がり、地方移住の相談窓口などを訪れるように。移住先を妻の実家のある広島の近辺に絞り、過疎高齢化の課題を抱えている集落の人口動態などを緻密に調べていった 

その流れで参加した地方移住セミナーで周防大島町を知った。町が用意した住居で島での生活を体感できる「お試し暮らし」に、有給を使って10日間チャレンジその間に出会った人々や、新しい価値観で生きている先輩移住者たちの姿に触れ、ここで暮らそうと決めたという 

「なんといっても日本で最も高齢化が進んでいることが決め手でしたそれは同時にもっとも早くチャンスが訪れる場所でもあるということですから」 

「過疎高齢化はネガティブ要素じゃない。必ず潮目は反転する」 

海

白木半島地区。左は沖家室島(栄さん提供)

周防大島町は人口約16,000人、高齢化率50%。そのなかでも栄さんが暮らす白木半島地区は、人口400人弱、高齢化率は70%近いこうした現状を「将来の日本の縮図」と捉える向きもあるが、栄さんは「ネガティブには考えていない。むしろ最先端を走っていると捉えています」と言う。 

「人口減も高齢化も世界的な流れ。日本で言えばこの150年くらいの人口増加が異常だったんです。でも、すでに2004年から減少に転じています。超長期的に見れば、これから100年くらいで明治時代前あたりの人口まで減っていきます」 

さらに、栄さんはこう語る。「だからこそチャンスなんです」と。 

「歴史は繰り返します。人口が減り切った後には、産業が興る前の動きがまた生まれ、上昇気流に転じるはず。周防大島は、その大転換を全国より3050年、もしくは1世紀早く経験できるのです」 

グラフ

栄さん提供

人口減少を乗り切り、上昇気流を迎えるまでの道程も、栄さんはしっかり見据えている。 

適切な規模の売上げを生み出せる、機動的に食べていける個人事業主を集落に増やしていきたいと考えています。自分で稼ぐ力を持ちながら、互いに助け合って人口減少を耐え抜けば、それは必ず潮目を反転させる原動力となっていくはずですから」 

複業10個。体を張って「田舎じゃ食えない」を反証 

栄さんの本業は集落の意見集約などを担う「集落支援員」。加えて、ひじき漁師だけでなく、これまでに10種類以上の事業に挑戦してきた。家の解体、草刈り代行といった体を使うものから、動画制作、ウエブサイト構築、経営コンサルまで、経験を活かすことができるなら何でも仕事にしていった。 

「田舎には仕事がないって判を押したように言われるけど、それはウソだってことが実証できました。逆に、都会と比べて余白がある分、仕事はいくらでも作れるんです」 

一方で収益には結びつかない活動にも重要性を見出している。
そのひとつが、耕作放棄された農地の復旧だ。生い茂った雑木をチェーンソーで切り、近所の先輩の力を借りてユンボで根っこを掘り起こす。畑の復旧というよりも、原野の開墾に近い。 

山

耕作放棄地の整備をする栄さん(本人提供)

「汗かいて、泥だらけになって、それでやっと認めてもらえる」 

この過酷な作業、栄さんは農地として再利用する以外に、ある重要な目的があって続けている。「昨年7月の豪雨で、この辺りでは土砂崩れが発生しました。その原因のひとつは耕作放棄地にあります。荒れて、水路が崩れているので、水の逃げ場がなくなってしまうんです 

目的は集落の防災。こうした公的な活動には、地域で生きていくための栄さんの覚悟が感じられる。 

「地域活性化したいなどときれいごとを言う前に、まず若いもんが集落にきてくれるといいことがあると自分の立ち居振る舞いで証明することを何よりも大事にしたい。汗かいて、泥だらけになって、それでやっと認めてもらえるその積み重ねが何より大切ですから」 

除草作業や神社の掃除など、地域行事にはすべて参加。そうした姿は、集落の人の心にも届いている。例えばあるとき普段は厳しい意見を言う地域の男性が「あいつは一生懸命やっている」と話しているのを偶然聞いたという。「嬉しかった……。あの瞬間のことは一生忘れません」。 

幸せを感じられるちょうどいい収入とライフスタイルを 

移住して3年目複数の事業により、行員時代とほとんど変わらない収入を確保できるまでになった。だが、いま大切にしているのは「収入を増やし続けることではない」と言う 

人口が激減する世の中では適切な規模の売上げをだせるプレイヤーが生き残ります資本主義的な成功ではなく、ライフスタイルを考えつつ、ちょうどいい時間と稼ぎを見つけたいと考えています」 

栄さんが理想とするライフスタイル。それは「ひじき漁の師匠の生き方」という。 

「奥さんと一緒に漁に出て、帰ったら港では娘と孫が待っている。そして家族で談笑しながら商品化していく。そんな師匠の生き方に、ほんと憧れます。そうやってみんなで汗をかいて、筋肉痛に苛まれながら作ったものが誰かの手に渡って、相手も笑顔になる。これって、最高に幸せだと思いませんか?」 

探検

栄さん㊧と、ひじき漁師たち(栄さん提供)

瑞々しく、柔らかい。大切に噛みしめたくなる味 

届いたばかりの「沖家室ひじき」をさっそく食べてみた。一袋に入っていたのは、ほのかに潮の香りがする乾燥ひじき、15グラム。 

乾燥ひじき

同封されていたパンフレットに記載されている通り、ボウルに入れて10分ほど水に浸してみた。みるみる色が変わり、膨らんでいく。水を切って測ってみると、260グラムを超えていた。 

ひじき

そのままつまんで、口に運んで驚いた。瑞々しくて、とにかく柔らかい。それまで抱いていた、「ひじき」のイメージとかけ離れている。真冬の真夜中に刈り取り、膨大な手間暇をかけて仕上げられた天然の味。過疎高齢化の最先端から届いたひじきは、確かに計り知れない豊かさと可能性に満ちている気がした 

 

 

執筆時期:2021年5月
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沖家室ひじき

住所|山口県周防大島町沖家室島

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