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2019/07/31 【山口】防府

微生物たちの見えない力! 神の領域で出来上がる天然醸造しょうゆの世界|桑田醤油有限会社

by 大村 たかし
防府市出身。地方新聞社で18年間記者として活動後、コーチ、カウンセラーとして独立。起業家へのインタビューやプロフィール記事の作成、書籍の編集も行っている。趣味は…

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「プチプチ……プチプチプチ……」。薄暗い醤油蔵のなかを滑らないようにそっと歩くと、弾けるような小さな音があちこちから聞こえてきました。

「これが発酵している音。蔵の微生物たちが、1年半もの時間を掛けて醤油を醸してくれるんです」

山口県防府市。日本三天神のひとつ、防府天満宮の近くで1927年から続く桑田醤油は、木桶を使った天然醸造という昔ながらの製法をずっと守っている全国でも数少ない醤油蔵のひとつです。

主原料の大豆も、ほとんどの醤油メーカーで使われている脱脂加工大豆だけではなく、山口県内産の無加工大豆(丸大豆)を使用。「真っ直ぐ正直な醤油造り」を貫く三代目社長・桑田浩志さんのお話は、「醤油」というものへの認識が書き換わってしまうほどインパクトのあるものでした。



1平方センチに1億数千個以上

【歴史を感じさせる木造の蔵】


―(蔵の中、木桶の間を歩きながら)建物も、木桶もずいぶん年季が入っているようですね。

足下に気を付けてください。頭も打たないように。

木桶は創業以来使い続けているものばかりです。この古さに価値があるんですね。うちの歴史と同じ時間を積み重ねてきた微生物たちが棲みついていますから。彼らが働いてくれるおかげで、うちの醤油はできているんです。

東京から戻って間もないころ、父(先代)から言われました。「木桶が並んでいるところの壁とか梁は、絶対にぞうきん掛けするな。拭いた瞬間、何十年もかけて棲みついたうちの宝を殺してしまうぞ」と。


―たとえば、どのくらいの微生物がいるのでしょうか?

1平方センチの中に、多種多様な1億数千個もの微生物が生きていると言われています。それらがもろみに作用し、それぞれのタイミングで役割を果たしていくことで、醸造がなされていくんです。



―ほんの1平方センチに、それほどの微生物が……。どのくらいの期間をかけて醤油になっていくのですか?

だいたい550日ですね。天然醸造だと、どうしても1年半は掛かってしまうんです。


-そんなに? その間にどういう工程があるのでしょうか?

人が主役となってがっつり手を加えるのは、550日のなかで、仕込みと火入れを行う4日程度なんです。それ以外の日数は、人は微生物の営みをサポートする役割に専念します。



同じものは、どんな科学技術を駆使しても造れない

-たったの4日ですか?

ええ。ほかはすべて微生物が主役。人は、その働きを手伝ってあげるだけですね。「微生物さん、ご機嫌いかがですか~」という感じで。といっても、それが体力と経験が必要な真剣勝負なんですけど(笑)。

昔から、醤油造りの基本は「一に麹(こうじ)、二に櫂入れ、三に火入れ」と言われています。まず、大豆を蒸し、小麦を炒って、そこに麹菌をまぜる。そして3日間、高温多湿の「室(むろ)」のなかで菌を繁殖させ、麹をつくります。この3日間が一番の勝負どころとなります。ここでの麹の善し悪しが、最終的な醤油の味と香りを左右するので。

【櫂入れの様子をみせてくれる桑田社長】


続いて麹を木桶に移し、食塩水を入れてもろみにします。そこから1年半は、微生物と天候の営みに任せるしかありません。その間、人は櫂入れをしてもろみのなかに空気を送り、発酵具合を調整することしかできません。完全にサポート役に回るのです。そして最後にまた人が主役になります。絞って火入れし、殺菌するのです。


―お聞きした印象だと、ほとんどの時間はコントロールができない感じですね。

そう。本当に微生物任せなんです。

微生物の世界は、毎年変化していきます。木桶の微生物も年ごとに変わります。しかも、気候、気温、湿度だって同じじゃない。ということは、天然醸造でまったく同じ製品を造り続けるということは不可能なんです。しかも、木桶も窓の近くなのか、壁際なのかで発酵具合が違ってきます。人が手を出せる世界じゃないんです。任せる以外にありません。


-なんだかもう、神の領域ですね。人智を超えている感じがします。

そうですよ。人の手が及ばない、まさに神の領域。だから僕はよく言うんです。「うちと同じ醤油は、どんな科学技術を駆使したって造れない」って。私たちの蔵にはここにしか存在しない微生物の構成があり、その微生物の働きが醤油の味にあらわれます。主役は微生物。だからこそ、桑田醤油と同じ味は誰にも再現できない、どんな科学技術を駆使しても造れないのです。天然醸造にこだわって造り続けている、うちのような「変態」の醤油屋の製品は、ある意味みんなそうです。

でも、醤油は基礎調味料だから、年ごとに大きく味が違うというわけにはいきません。そこを櫂入れなどで調整して、味のブレを最小限にしていくのが僕たちの仕事なんですね。


―そんなふうに自然の力とともに時間を掛けて醤油ができているとは、いままで知りませんでした。

いえいえ。全ての醤油蔵がこんな造り方をしているわけじゃありません。大部分の醤油屋さんは、大量生産の生醤油を原料として仕入れて、味付けして出荷しています。だから数週間もあれば済むんです。うちみたいに一からの木桶仕込みで醤油を醸している醤油蔵は本当に少数派です。木桶仕込み+国産丸大豆という醤油となると、出荷量全体の1%にも満たないんです。だから醤油業界のなかではある意味「変態」なんですよ(笑)。

【巨大な木桶。ひとつ十八石(約3.3キロリットル)の容量がある】



木桶を武器に、「真っ直ぐ正直」

-桑田さんは三代目ですが、最初からそこまで「変態」だったんですか?

いえいえ。30歳過ぎまで、東京のリクルートでハードな毎日を送っていました。ちょっときついなと思っていたころに、父が「手伝わないか」と。地元で働くのも悪くないかなと思ってUターンしたんですね。

でも実際に帰ってみると赤字続きで、「いったい俺の給料はどっからでるの?」という状態。どうしたものかと思いながら配達に回っていると、ずっとうちの醤油を使ってくれている方たちが口々におっしゃるんです。「お宅の醤油じゃないと、だめなんよ」って。そういう声をあちこちで聞くうちに、「これはなんとしても、伝統の製法を守って続けていかなければ」と思うようになったんですね。


-経営の方はどのように改善を? 秘策があったのですか?

奇をてらったことはまったくしていません。むしろ真逆。せっかく木桶を使い、天然醸造を続けてきているのだから、そこを武器にするしかない、と。そこで、僕の代から山口県産の丸大豆での醤油造りにも着手したんです。昔ながらの木桶仕込みを続けていても、脱脂加工大豆の醤油のラインナップだけではほかと大して変わらなくなってしまうので。父とは大げんかになりました。そりゃそうですよね、売れるかどうか分からないものを、一年半かけて造るわけだから。

【「絞り」。もろみを布に包み、幾重にも重ねて醤油を絞り出していく(桑田さん提供)】


試行錯誤を繰り返しながらも丸大豆での商品化を続けているうちに、世の中で地産地消がクローズアップされ始めました。それに比例するように、うちの醤油を手にする人が増えてきたんですね。特に甘味料を添加していない、大豆、小麦、食塩だけの「山口県産丸大豆しょうゆ(天然醸造 杉樽仕込み)」が圧倒的に売れ始めたんです。その新商品がイメージリーダーとなって、今までの定番商品もじわじわと販売数を増やすようになっていきました。


―なるほど。ではこれからは、どのような展開をお考えでしょうか? 全国に販路を広げるとか?

僕の基本方針として「真っ直ぐ正直な醤油造りをして、山口県とゆかりのある人に一番愛される醤油屋になる」というのがあります。何を決めるにも、そこにベクトルが向かうように考えているので。山口県産の原料を使った真っ正直な醤油を、いつまでも地元の人に味わってもらいたいと考えています。

そのために、いかにして伝統を繫いでいくのか。これから人口がさらに減っていく中でも経営が維持できる状態にして、次の世代に木桶を渡していくこと。それが僕のもっとも大切な使命だと考えています。



~~~~~

自宅に帰って「こいくち」を味わってみると、口の中に蔵と同じ濃厚な香りが広がっていきました。四季の変化と無数の微生物、そして伝統を受け継ぐ人たちがいて初めて生み出される「真っ直ぐ正直な醤油」。こうしたものが息づく地域に住んでいることこそが、本当の豊かさなのかも知れない……。がつんとくる硬派なしょっぱさを楽しみながら、そんなことを感じたのでした。

取材時期:2019年6月
※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。
最新の情報は直接各スポットへお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

取材・文:大村 たかし
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Spot Information

桑田醤油有限会社

住所 山口県防府市松崎町8-11
TEL 0835-22-0386
URL http://sugidaru-shouyu.com/

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