ひと

share
  • Facebook
  • Twitter
  • Pinterest

2019/09/23 【山口】山口

100年以上続く饅頭、40年以上途絶えていた幻の羊羹。「地域に愛される味」の継承・復活を続ける若き和菓子職人|渡壁沙織さん[菓秋やませ]

by 大村 たかし
防府市出身。地方新聞社で18年間記者として活動後、コーチ、カウンセラーとして独立。起業家へのインタビューやプロフィール記事の作成、書籍の編集も行っている。趣味は…

このライターの記事を読む

「あいお八十八ケ所」と焼き印が入った、まあるいお饅頭。しっとり柔らかいカステラの中には、甘さを控えた白あんが入っている。

山口県山口市秋穂二島。車エビの養殖など水産業と農業が盛んな海沿いのこの地で、100年以上愛され続けてきた「秋穂饅頭」。生産者の高齢化で一時途絶えかけた味を、20代の女性が新たに受け継いだ。



中学生のころから「将来は和菓子の道へ」

「小さな頃からずっと暮らしの中にあった、素朴な味。やっぱりなくなるとさみしいので」。小麦粉を計量しながらそう話す渡壁沙織さんは、東京からUターンした和菓子職人。毎日未明から工房に入り、伝統の味を作り続けている。

「おひな様のときの桜餅、端午の節句の柏餅。季節と行事ごとに必ずある和菓子が小さな頃から好きでした」。そう話す渡壁さんは、中学時代から「将来は和菓子職人」と決めていた。高校卒業後、東京の製菓専門学校へ。その後、渋谷の百貨店に入っていた和菓子店に就職する。だが、その店が2年半で閉店。東京で働き続けることも考えたが、両親や祖父母から「寂しいから帰ってきて」との声を受けて2016年10月にUターンした。

だが、翌年の春になっても就職先は見つからなかった。そんなとき、地元商工会から秋穂饅頭の話を聞いた。「ずっと作ってきた田村秋月堂さんが高齢のために近々辞められるので、その製造を継承してみないか」と。

「びっくりしました。小さな頃から当り前にあったお饅頭だから、なくなるなんて考えたことなかったんです。でも、このタイミングで話を聞いたことに何か縁のようなものを感じて、やってみようと」

当初は、饅頭を1人で作っていた女性から習いながら、1年後の春に継承する計画だった。ところがその半年前の17年秋、習う前に女性が急に体調を崩して入院。100年以上続いた味が止まってしまった。

「地域の人たちから『早く作ってほしい』という声も聞いて、とにかく私が復活させないと、と焦りました」



レシピなし。試作と試食を繰り返す日々

まず実家が営む水産会社の敷地内に急遽、小さな製菓工房を建て、そこに女性から受け継いだあん練り機、饅頭の型をとるリング、焼き印などを運び込んだ。レシピだけでも見せてもらおうと思ったが、そこは職人の世界。何十年も積み上げた経験と感覚だけで愛される味を作ってきた女性が、レシピを持っているはずもなかった。

【受け継いだ焼き印。「あいお八十八ケ所」のほか、ハスの花や「寿」などもある】


そこからはひたすら試作の日々。知り合いのお年寄りたちに試食してもらうたびに「なんか違うのう」「外皮が固いような気がするのう」などと指摘を受けながら、試行錯誤を繰り返した。ようやく「こんな味じゃったね」「このふんわりした食感が、ええんよねえ」と言われるまでになり、18年1月、地元の「道の駅あいお」などに卸し始めた。

夏場は1日に400個前後、冬場は1000個近く作るときも。「大変だけど、『懐かしい味ね』といった感想を聞くと、本当に嬉しいですね」とはにかむ。

秋穂饅頭が再び「日常のお菓子」となったころ、地域の人たちから新しい声が届き始めた。

「むか~し、田村さんところが作っていた玉羊羹(たまようかん)、もう一回食べられんじゃろうか」

「あの玉羊羹も、ついでに復活させてくれんかいのう……」



見たこともない「幻の羊羹」を再び

玉羊羹は、白あんのまわりを寒天で包み、表面にザラメ砂糖をまぶした上品な一品。ただ、渡壁さんは見たことも、聞いたこともない。それもそのはず、調べてみると渡壁さんが生まれる20年以上前の昭和40年代に姿を消した「幻のお菓子」だったのだ。

【半球状に固まった玉羊羹を、丁寧に型から抜き取る】


18年6月、渡壁さんは賛同者と一緒に玉羊羹のことを覚えている地域のお年寄りたち約20人に声を掛け、復活プロジェクトを発足。イラストを描いてもらったり、食感を教えてもらったりしながら試作を繰り返し、お年寄りに試食してもらいながら、「思い出の味」に近づけていった。「おお、こんな感じじゃった!」と太鼓判を押してもらえるまでに3ヶ月かかったという。

【約40年ぶりに復活した玉羊羹 (渡壁さん提供)】


予約のほか、「道の駅あいお」で毎月15日のみ限定発売している。昭和20年代、全国菓子博覧会で金賞に輝いたこともあるほどの銘菓。渡壁さんは「伝統を守ってきた先代の方へ迷惑がかからないように作り続けていきたい」と謙虚に語る。



今日も、午前2時から

伝統の復活ばかりでなく、新しい商品の開発にも熱心だ。

秋穂饅頭の姉妹品とも言える「阿知須饅頭」は、渡壁さんのオリジナル。隣接する阿知須地域の特産品であるカボチャ「阿知須くりまさる」を原料としたあんを使用。焼き印にはランドマークの「きららドーム」をあしらっている。

このほか、同じく近隣の佐山地域、さらに地元の二島地域のご当地饅頭も考案中だ。

午前2時には工房に入り、1人で製造を続ける毎日。「ほとんど休みはないけど、嫌だと思ったことは一度もないんです。これからも、地域に愛されるお菓子を責任持って作っていきたいですね」

取材中、終始柔らかな笑顔を絶やさず、静かに語り続ける渡壁さん。そんな渡壁さんの言葉を思い出しながら秋穂饅頭をひとつ、食べてみた。ふわっとした食感、重くならない甘さ、あっさりとした後味。気がつくと、2つ、3つと……。この柔らかな素朴さこそが、地域の人たちから愛され続ける理由なのかもしれない。

*****

秋穂饅頭  6個290円、10個470円(道の駅あいおなどで販売)
玉羊羹   2個300円(道の駅あいおで毎月15日のみ限定販売)
阿知須饅頭 6個300円、10個500円(道の駅きららあじすなどで販売)



取材時期:2019年8月
※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。
最新の情報は直接各スポットへお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

取材・文:大村 たかし
このライターの他の記事を読む

Spot Information

菓秋やませ

住所 山口県山口市秋穂二島437
TEL 083-984-2304

Google Mapで開く

 

Ranking