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2018/09/26 【山口】萩

【まちに人あり歴史あり】100年以上の時を経て復活した萩ガラス

by 諌山 力
編集プロダクションに約10年所属し、2017年9月からフリーランスとして活動中。情報誌、広告、不動産関係、インタビューものなど仕事は多岐にわたる。コーヒー・カフ…

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歴史の迷路に隠れていた
萩の優れた文化に注目!


明治維新胎動の地として全国にその名を知られる萩では、幕末期に一度歴史からその存在を消してしまった文化がありました。それはガラス製造です。


萩ガラスの歴史は、万延元(1860)年にまでさかのぼります。当時、萩藩の武士であり、科学者でもあった中嶋治平(なかしまじへい)という人が長崎でさまざまな知識を学んでは持ち帰り、萩でガラス製造所を開きました。萩ならではの水晶石を原料にした萩ガラスは、高い品質や透明度で、公家や皇室への献上品にもなるなど評価され、高杉晋作・大村益次郎・周布政之助ら志士たちも愛用していたそうです。しかし、開設からほんの6年後である慶応2(1866)年に、萩ガラス製造所が焼失し、中嶋治平も病死してしまったのです。

その後、実に100年以上もその時が止まったままだった萩におけるガラス製造は、ある人によって再び新しい歴史の扉が開かれることになります。

「貴重な文化を復活させよう」
止まった時間が動き出した


歴史の扉を開いた人物とは、「萩ガラス工房」の代表・藤田洪太郎さん。


実は藤田さんは大阪府吹田市に拠点を構えるセラミックの会社を経営していて、人工衛星の部品や燃料電池などの開発にも携わっているそうです。

萩出身の藤田さんが故郷に戻ったのは、お母さんが急逝し、年齢を重ねたお父さんが一人残ってしまったからとのことでしたが、「せっかく戻るのなら自分のキャリアを通じて地元でもできる仕事は何かないだろうか」と考えてセラミック技術を生かせるガラス製造に目を向けます。


セラミックもガラスも広くとらえればいずれも窯業であることと、技術的にも共通項があるため、古くから続くガラス文化に自分が蓄えてきたニューセラミックスの技術や知識を入れることでより良いものにできるのではないかと考えたそうです。そして幕末期のガラス製造の文化を知った藤田さんは縁を感じて「萩におけるガラス製造の歴史や古文書を紐解き、復活させよう」と決意。これが挑戦のはじまりでした。

無色透明なガラスの原料は緑!?

萩ガラスの特徴は、萩市・笠山で採れる原石を用いていることです。萩ガラスの原料である石英玄武岩(安山岩)には鉄分が含まれていることから少し緑がかって見えるのです。


↑これを透明にするにはどうしたらいいと思いますか?

何とコバルトの青と銅で赤く発色する金属をプラスするのだそうです。「今ある色を抜くのにさらに色を加えるなんて」と驚いてしまいましたが、基本的には光の三原色の考え方だそうで、RGBの赤・緑・青が混ざることで無色透明を生み出すことができるのです!


↑こちらは原石が含む鉄分を還元反応させたことでできあがった緑色を帯びた萩ガラス。


↑これが無色透明にし、さらに清澄剤を加えて精製したガラスです。違いは一目瞭然です!


↑原石が持つ緑をそのまま生かした製品もあるんですよ。

越える壁は高い方がいいと
唯一無二のものづくりに挑戦


「萩ガラス工房」には全国からガラス職人さんたちが見学に来るそうで、いちばん驚かれるのは、原石採掘から企画・製造まで全ての工程を一貫して行っていることだといいます。日本各地のガラス工房ではとても難易度が高いため、原料までは自社で作らず、安価なソーダガラス素地を購入して使うのだそうです。しかし技術者としてこだわりのある藤田さんは「難しくても挑戦してここでしか作れないものを作らないと意味がない」と話します。


↑復元切り子硝子の作業風景

「萩ガラス工房」で製造する耐熱硬質カリガラスは1,520℃以上でないと溶けない素材のため、その温度に耐える炉が必要です。その炉の製造も難しい上に、ちょっとでも温度が下がるとすぐ固まってしまうので30秒以内にガラスの成型をしなくてはいけないという高い技術が求められます。ちなみに、同業他社の1,200℃軟質ソーダガラスでは2~3分の作業が可能というから、その差は歴然です。

作る人にとって扱いづらいガラスにここまでこだわる理由は、使う人のことを考えているから。萩ガラスは、透明度が高いだけでなく、耐熱で硬くて丈夫で傷がつきにくいという特徴があるため、気負うことなく日常のいろいろな場面で活躍してくれます。

また、ガラスの中にあえて異質のガラスを挟み込んだ3層構造で、わざと「内ひび」を入れる製法も開発しています。



「内貫入(うちかんにゅう)」と呼ばれるこの製法は、完成から3年ほどかけて「ひび」が少しずつ進行し模様が変化していくというかかって完全にひびが入りきってしまう国内でもめずらしいものなのです。

ものづくりの次は
文化の継承者としての使命も

平成5(1993)年に「萩ガラス工房」を設立して以来、藤田さんはその文化や歴史を伝えるために精力的に活動を続けています。


製造工程が誰でも自由に見られるように作業場をガラス張りにしたり、この地への歴史や思いを忘れないようにと博物館に残されている高杉晋作が愛用していたグラスをの復刻するなど、萩ならではの取り組みにも余念がありません。


最近ではJR西日本の豪華寝台列車「TWILIGHT EXPRSS 瑞風」の車内で乗客の皆さんが使うタンブラーグラスとロックグラスに藤田さんのグラスが採用されて話題になりました。車内限定販売の売れ行きも好調だそうです。

工房に併設したショップでは、萩切り子グラスや一輪挿し、お皿などを販売しています。2階のギャラリーで貴重なガラス作品を見て、幕末期の文化に触れたり、事前に予約をすれば宙吹きガラス体験、アクセサリー制作体験、彫刻体験の3つの体験コースに参加することもできます。基本的には1個の受注からのオーダーメイド生産を続けているのも大きな特徴です。


オンリーワンの萩ガラス、その歴史と文化に触れながら、旅先で形に残る思い出を残しませんか。

取材:2018年9月
※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。
最新の情報は直接各スポットへお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

取材・文:諌山 力
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Spot Information

萩ガラス工房

住所 山口県萩市椿東越ヶ浜1189-453
TEL 0838-26-2555
営業時間 9:00〜17:00
定休日 なし
URL http://www.hagi-glass.jp/

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